首都圏広域急行鉄道(GTX)は大深度地下を活用し、地下鉄としては異例の高速運転を行う新路線です。A線の水西~東灘間を試乗し、時速170kmを体感しました。
設計最高時速は180km、首都圏広域急行鉄道(GTX)計画
これまでの記事をご覧になった方は薄々気付かれていると思いますが、韓国・ソウルやその周辺部では日本をしのぐ勢いで新線建設が行われています。開発の進み切ったソウル都心部では地上に鉄道を作るのは難しく、おのずと地下鉄道が主体となるのですが、既存の地下鉄を避けるために新しい路線ほど地下深くなる傾向があるようです。ソウル駅のA’REXなどは大江戸線六本木駅並みに深いところにありました。
そして、ソウルの地下鉄道計画の集大成といえるのが首都圏広域急行鉄道(GTX)です。これは停車駅の多い従来の地下鉄とは異なり、駅の数を減らして遠方からの通勤時間の短縮を図ろうというものです。既にA線~F線までの計画が決まっており、地下70mの大深度地下を活用、最高時速は180kmというから驚かされます。
一体どこからそんな予算が出てくるのか分かりませんが(北朝鮮との核戦争を想定してシェルター代わりに掘りまくっているとの説も…)、通勤ラッシュに悩む日本の首都圏在住民からすると何ともうらやましい話です。
2024年3月には、GTXの最初の区間であるA線の水西~東灘間が開通しました。今回、SRTで水西を訪れたついでに乗車してきました。
地下深い水西駅はガラガラ…
SRTの改札口を出ると、広々とした地下スペースでGTXに関する展示がなされていました。なかなかの力の入れようで、車両や路線網、トンネルの工法などについて説明がなされていたようです(ハングルばかりであまり理解はできませんでしたが)。中には本物の車両の椅子を設置したブースもありました。
もっとも、営業開始から1か月ほど経っていて開業フィーバーも落ち着いていたせいか(そんなものがあったのかも分かりませんが)、展示を見ている客はあまり多くないようでした。
一通り展示を見た後、GTX-Aに乗車します。例によって長い下り階段を延々と進むと改札口がありました。その下の階がホームになっていて列車が発車を待っていましたが、例のホームドアのせいで車両を拝むことはできませんでした。Wikipediaの記事に写真が掲載されているので、興味のある方はそちらをご覧ください。
列車は8両編成で、首都圏電鉄では異例の3ドア車となっています。駅間が長い路線なので3ドアで十分、という判断なのでしょうが、今後もし郊外路線に直通運転しようとなった場合にホームドアの問題が出てきそうです。ドア間の椅子の数は7個と、4ドア車と同数になっています(よって1車両当たりの椅子の数は4ドア車より少ない)。
椅子はご覧の通りプラスチック製で、長距離を走る割には簡素です。電鉄線は他の路線も固い椅子ばかりなので、特段見劣りする訳ではないですが… 椅子の表面には、GTX-Aが通る予定の駅の名前が薄く彫られています。
ドアは通勤電車で一般的な両開きではなく、特急型のような片開きのプラグドアを採用しています。おそらく、トンネルを高速走行する際の気圧変化を防ぐため、気密性の高い構造を採用したものと思われます。ドアの上のモニタには路線図が表示されていますが、現在建設中の区間までもが表示されています。
ドア上のLCDは横長の最新式のものでしたが、貫通路上のディスプレイは何故か古臭いLED式のものでした。銘板を見ると製造したのは現代ロテム、どうやら国産技術で製造されたようです。
車内の写真を見ての通り、ラッシュ時の下り方向の列車とはいえ車内はガラガラで、1両に1~2人しかいませんでした。運転間隔も20~30分おきと多くないのにこの状況で、しかもソウル駅方面への延伸はあと数年かかるらしく、膨大な赤字を出し続けるのではと心配になってしまいます。
最高時速170kmの乗り心地は?
さて、水西を出た列車は10km先の城南へとひた走ります。途中はひたすらトンネルで見るものもないので、車内のディスプレイに表示された速度計をひたすら眺めます。線形の関係か速度は130km/hが上限でしたが、揺れや騒音は思った以上に小さいです。7分ほどで城南に到着です。
城南の次は22km先の東灘まで無停車で進みます(この時点では途中の駒城駅は未開業でした)。車内の速度計は150km/h、160km/hとどんどん上がっていきます。まるで大谷翔平のスピードガンを眺める野球ファンのごとく熱い視線を送るうちに、ついに時速170kmに到達しました(写真では169km/hしか撮影できていませんが)。
日本の在来線より広い1435mmゲージのおかげか、あるいは保線がいいからか(おそらく両方なのでしょう)揺れは非常に少なく、立席の客を多く詰め込む通勤電車としても十分合格点レベルだと思いました。「この速度計、盛ってるのでは?」と思ってしまったほどです。
城南から14分で東灘に到着。途中未開業の駅があったものの、表定速度は時速90kmにも達し、関西の新快速をも大きく上回っています。すごい電車が出現したものだと驚かされました。
終点・東灘駅周辺の様子は?
東灘駅で下車すると、横には謎のホームが… これは先ほど乗車したSRTのホームで、間に柵があるもののSRTとGTX-Aのホームは隣り合っています。実は両者は水西~東灘間で線路を共有しているため、このような造りになっています(筆者は水西~東灘間をSRTとGTX-Aで一往復したことになります)。つまりトンネルを新たに掘る必要がなかったため、この区間のみ先行開業できたのでしょう。
東灘では少し時間があるので外に出てみましたが、例によって駅は地下深く、実に6階層分もエスカレーターを乗り継いでようやく外に出ることができました。
外に出ると、目の前には真新しいロッテ百貨店と40階ぐらいはありそうな高層マンションがそびえていました。先ほど行ったばかりの天安牙山といい、駅前の開発の規模の大きさには驚かされます。
折り返しの電車に乗り、今度は途中の城南で下車します。今度は乗客は少しだけ多く、席が半分ほど埋まっている車両もありました。
京江線の車窓はまるでJR宝塚線?
城南からは京江線という路線に乗ってみます。京江線は2016年にできた路線で、ソウル市中心部から大きく南に外れた板橋駅を起点に、東の方向へ山地を貫いて走る路線です。地図を見る限り沿線には大した街はなさそうで、どういうニーズがあってわざわざ新線を造ったのかは今一つ分かりません… 今後の開発に期待してのことなのでしょうか。
ちなみに、路線の途中からは中部内陸線という路線が分岐していて、板橋駅から直通するKTXが一日4往復だけ走っています。このKTXは起点がソウル中心部から離れた板橋駅なので使い勝手はかなり微妙そうですが、京江線は長距離列車の通り道としても活用されているようです。
やってきた列車は4両編成で、沿線にピクニックにでも行くような恰好をした中高年の客でそこそこ混んでいました。列車はトンネルの合間で時々地上に顔を出しつつ進んでいきます。山地が続くためか駅間は長く、1駅進むのに5分程度を要していました。通勤電車が山岳トンネルを爆走するさまは、まるでJR宝塚線の宝塚~三田間のようです。
車窓に変化がなく、乗り続けても切りがなさそうなので、4駅ほど進んだ草月という駅で折り返します。京江線は20分おきとやや運転間隔が長いので、下手に降りると次の列車までかなり待たされてしまいます。草月駅周辺は谷あいの狭い平地にマンションがちょぼちょぼと建っていて、西宮名塩駅にも似ています。
折り返しの列車は意外に混んでいて、ずっと立ったまま終点の板橋に向かいます。板橋駅は完全な地下駅で、同じく地下を走る新盆唐線という路線に簡単に乗り換えられるようになっています。
完全自動運転の新盆唐線で江南へ
新盆唐線は2011年開業のこれまた新しい路線で、水原市の光教という駅とソウル市内を結ぶ地下路線です。ソウル中心部の地下を進むので、「地下鉄10号線」とかいう名称でも良さそうな気もしますが、そうではない理由が何かあるのでしょう。運営主体はKORAILでもソウル交通公社でもなく、何やら複数の事業者が絡んでいるっぽい。
この路線はシンガポールMRTの一部路線と同様、自動運転を取り入れているのが特徴で、先頭部からは全面展望が楽しめます(もっとも見えるのはトンネルばかりですが…)。筆者の乗車時はソウル市内へ向かう客で非常に混んでおり、残念ながら写真を撮れる状況ではありませんでした。
板橋を出発後、えらく長く無停車で走り続けているなと思ったら、次の清渓山入口という駅までは何と8.2kmも離れていました。この区間はずっと山の下を走っているので駅がないようです。板橋から4つ目の江南駅で下車します。
江南は漢江の南エリアの中心部的な存在で、高層のビルや商業施設が林立しています。副都心の中心部という意味では、東京でいえば新宿のような位置づけといえるでしょうか。駅の真上にそびえる巨大なビルはサムスン電子の本社ビルだそうです。
江南がどんな所か見てみたかったので、隣の新論峴駅まで歩いてみます。表通りには立派なビルが立ち並んでいますが、一本裏通りに入ると意外にも低層の雑居ビルが立ち並んでいました。
急行運転に要注意・9号線
新論峴駅からは地下鉄9号線に乗車します。この路線はソウルの地下鉄で唯一、本格的な急行運転を行っており、早朝・深夜以外は半数の列車が急行となっています。その旨が構内の看板にでかでかと書いてありました(が、ハングルなので駅名は読めず…)。日本人観光客が急行通過駅を利用する可能性は低そうですが、お気を付けを。
幸いやってきたのは各駅停車だったので、停車駅を気にせず乗り込みます。途中、急行を待避するための待避線を備えている駅もありました。
ちなみにこの9号線は金浦空港駅に乗り入れていて、金浦空港駅ではA’REXとの乗り換えも容易なので、仁川空港から江南エリアに向かう際には最短ルートとして活用できそうです。
4駅進んで、奉恩寺という駅で下車します。9号線も開業は新しく、駅構内は非常にきれいです。奉恩寺駅の構内には、巨大な人間の顔のようなパブリックアートが飾られていました。
奉恩寺からは、地下鉄各線に乗りつつソウル市内の観光名所を巡っていきます。
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