小ネタ集(2018,2019年)

 これまでの鉄道乗車記録のうち、単独の旅行記にならなかった小規模のものをまとめる。 このページでは2018,2019年分を紹介する。

目次

2018/3/8

 春先のこの日、所用で沖縄に出かけた。途中、少し時間ができたので、2008年以来久しぶりにゆいレールに乗ってきた。 ゆいレールは2019年に延伸を控えており、全線完乗タイトル維持のためにはいずれまた来なければならない。

■ 那覇空港〜旭橋〜首里

 羽田から2時間あまり飛行機に乗り、那覇空港にやってきた。 この空港は国際線ターミナルを中心に年々拡張を続けており、来るたびにターミナルビルのどこかに変化がみられる。 現在は第二滑走路の建設も行われているという。
 ターミナルを出て、「日本最西端の駅」の碑を見つつ、ゆいレールに乗る。 乗車券を買うと、券面に二次元バーコードが印刷されていて、これを改札機の赤い光にかざすという、 本土では見ないパターン(空港の搭乗口などに近い仕組み)だった。
 2両編成のモノレールに乗り込み、那覇空港を発車。しばらく広い空港敷地を進んだ後、普通の住宅地を進む。 奥武山公園まで来ると、プロ野球でも使われる立派な球場、そして幅の広い国場川が見えてきた。 川沿いにしばらく進むと、旭橋に到着。ここでいったん下車する。 駅前には沖縄の交通の要衝である那覇バスターミナルがあるが、以前の古めかしいターミナルはなくなり、 敷地に新たなビルを建設中であった。それ以外にも、しばらく来ないうちにずいぶん新しいビルができていた。
 所用を済ませ、再びゆいレールに乗る。旭橋を出ると、線路は細い川沿いを進む。 市中心街で唯一のデパートであるリウボウに程近い県庁前、唯一国際通りに面した牧志と進むと、 線路は120度近く急カーブし、安里に着く。市中心部は全般的に土地不足だったのだろうか、苦心のルート選びであったことがうかがえる。
 新都心のおもろまち、古島を過ぎると、高台の首里に向かって急勾配を登り始める。 右手に赤い首里城が見えてくると、程なく左に90度カーブして終点の首里に着く。 首里から先の延伸線はほぼ完成しているようで、真新しい高架橋が延々と続いているのが見えた。
 せっかく首里まで来たので、やや急ぎ足で首里城を見て回る。 守礼門を見た後、入場券を買って「コ」の字に配された正殿、南殿、北殿の中を見て歩いた。 日本と中国の中間にある琉球らしく、内部は和風と中華風の折衷の建設様式となっていた。 戦争で焼け落ちた後、よくぞここまで再建したものだと感心したが、 まさか1年後にまた全て焼失してしまうとは想像すらしなかった。
 場内を一通り見終えると、城の南側にある石畳道を見て歩く。 これは琉球時代から残るという古道で、沿道には古めかしい琉球風の建物もあった。 人の多かった城内に比べこちらは閑散としていたが、なかなか面白い散歩道だった。 石畳道はかなりの下り勾配となっていて戻る気はせず、そのままバスで国際通りの方に戻ろうと思ったが、 目の前のバス停の時刻表を見ると、何と一日4本しかバスが来ない。さすがに待っていられないので、 別のバス停まで1km近く歩く羽目になった。


ANAのB777-300に乗って沖縄へ。巨大なエンジンを見ながらのフライト。


空港ターミナルから撮影したゆいレール。2両の小柄な編成で走る。


首里駅から先の軌道はすっかり完成しており、いつ営業列車が走ってもおかしくない雰囲気。


当時は何気なく撮影した、在りし日の首里城正殿。


沖縄独特の家屋と石畳。手前の樹木も南国っぽい。

2019/6/14

 平日のこの日、久々に関西に出かけた。2019年3月に全線開業したおおさか東線に乗るのがメインだが、 それ自体はすぐに終わってしまうので、関西地方をあてもなくさまよい歩いた。

■ 京都〜稲荷〜東福寺〜河原町

 早朝の新幹線で、京都にやってきた。ここから、久々に奈良線に乗る。 ホームに向かうと、そこにはうぐいす色の103系がいた。 今や絶滅寸前となり、ローカル線を除けば全国でもここでしか見られない車両となった。 車内に入ると、原型そのままの薄緑の化粧板がそのまま残っており、懐かしさを感じさせる。 予想外の出会いに驚きつつ、2駅乗車して稲荷駅で下車する。
 稲荷駅は、近年伏見稲荷大社が外国人観光客に人気ということで連日活況を呈しているらしいが、 古めかしい駅舎や、ホームにある旧ランプ小屋はそのままだった。 かつて京都〜山科間の東海道線は、東山にトンネルを掘るのを避けて南に大きく迂回しており、 この稲荷駅を経由していた。このランプ小屋は当時から残っているらしい。
 稲荷で下車した後は、珍しく普通の観光っぽいことをした。 まず、これまで来たことのなかった伏見稲荷に行き、千本鳥居などを見て回る。 そこから歩いて北上し、紅葉で有名な東福寺へ。以前来たときは紅葉シーズンで人手がすごく、 ゆっくり見られなかった記憶がある。この日はまだ午前中とあって空いており、 名所の通天橋もほぼ貸し切り状態だった。
 その後東福寺駅まで歩き、四条河原町に出て昼食をとる。


絶滅寸前のうぐいす色の103系に遭遇。


世界から観光客が集まるようになった伏見稲荷の千本鳥居。まるでトンネルの中を歩くよう。


東福寺境内の渓谷の上に架けられた通天橋は紅葉の名所として知られる。

■ (京都鉄道博物館)〜河原町〜淡路

 次に、四条河原町からバスに乗って京都鉄道博物館に向かった。 京都鉄道博物館は、大阪の弁天町にあった交通博物館と、元々この地にあった蒸気機関車館を統合したものである。 統合前にはどちらも行ったことがあるが、京都鉄道博物館となってから来るのは初めて。
 エントランスを通ると、目の前には0系新幹線や、京阪神の快速として活躍した80系が並んでいる。 その脇には、先ほど乗ってきたばかりの103系もいた。つい数年前に大阪環状線から引退したばかりの車両で、 内装も先ほど乗ったのと似ており、まだ現役車両のようだ。
 奥に行くと、ついに乗る機会を逸したまま廃止となったトワイライトエクスプレスや、500系や100系新幹線、485系や583系など有名どころの車両が並ぶ。 その脇に、故障多発でわずか10年で廃車されたという悲劇のディーゼル機関車・DD54もいた。これは弁天町の頃から居たのを覚えている。 その後は展示を見て回った。この手の展示で見ていて面白いのは、物心つくかつかないかの頃のもの、 例えば国鉄末期の企画乗車券やパンフレット、導入初期の無骨な自動改札機、パタパタ式の行き先表示機などである。 あと、JRだけでなく関西大手5私鉄の展示コーナーも設けられていた。
 お子様が多いジオラマやシミュレータコーナーはさらっと通過し、屋上のテラスへ。 ここからは京都〜西大路間を走る在来線や新幹線の様子が一目でわかる。 各線路への列車の入線状況がモニタに表示されているのも面白い。
 最後に、元からあった機関車庫に向かう。こちらは以前とほとんど変化がないようだった。 個人的にSLには詳しくないので車種の違いなどはあまり分からなかったが、 それでも各種SLがずらりと並ぶ光景はやはり圧巻である。 また、一部の車両は運転台に入ることができる。運転台は狭く、窯の熱で暑い中ここでずっと働くのは大変だったのだろうと思う。 旧二条駅舎にある土産物を少し眺め、外に出る。
 この後おおさか東線に乗るため大阪に出た。JRで行くのが一番早いのだが、 あえて再び河原町に出て、阪急特急で淡路に向かった。


103系と今日二回目の遭遇。


扇形車庫にSLがずらりと並ぶ光景は今も健在。

■ JR淡路〜新大阪〜放出

 この間の行程はこちらを参照。

■ 放出〜JR伊丹〜阪急伊丹〜塚口〜梅田

 放出からはJR東西線・宝塚線の快速に乗り、一気に伊丹に向かう。 伊丹からは、おそらく数十年ぶりとなる伊丹市バスに乗って阪急伊丹駅へ。 ここに前来たのは、阪神大震災で崩壊した駅が再建された直後なので、約20年ぶりの再訪である。
 わざわざ伊丹に来たのは、現在1編成を残すのみとなり全廃間近となった阪急3000系に乗るためだ。 3000系は昭和30年代に建造が始まった古い車両で、本来ならもっと早く消滅していたはずなのだが、 バブル崩壊や阪神大震災の影響により阪急電鉄が経営不振に見舞われていたためか、 なかなか置き換えが進まず(1990年代半ば以降、ほとんど新車が作られない時期が10年以上続いた)、 つい最近まで本線でもよく見かけた。しかし、時代の流れには逆らえず今や伊丹線に最後の一本が残るのみとなった。 それほど思い入れがある車両という訳でもないが(むしろ、たまの乗車で出くわすとハズレ感が強かった)、最後の機会と思って乗りに来た。
 実際に今日運用に入っているのかもよくわからないまま乗り場に向かうと、まさに目の前で3000系が出ていった。 運用に入っているのが分かったのは良かったが、あまりにタイミングが悪い。 仕方なくホームで20分以上待って、塚口から折り返してきた3000系に乗る。 うるさいモーター音、金属バネでよく揺れる台車、色あせたシートモケットと、よく言えば昭和らしさが残る車両だ。 2020年をもって阪急からは引退してしまったようだが、実は能勢電鉄にはまだ同型が残っているので、実際に乗車することが可能だ。
 あとは神戸線で梅田に戻り、6月末に期限が迫っていたエクスプレス予約のグリーンプログラムポイントを消化してグリーン車に乗り (実はこれが今回の大阪行の目的だったりする)、東京へ戻った。


引退寸前の3000系だが、前照灯がLEDになるなど最後まで手入れはされていた。

2019/9/8

 この日、所用で関西に出かけた。例によって、早めに関西入りして私鉄を乗り歩いたのだが、 最後に予定外の事態が起きた。

■ 阪急神戸三宮〜高速神戸〜新開地〜阪神神戸三宮〜西九条〜大阪

 新幹線と神戸市営地下鉄を乗り継ぎ、三宮にやってきた。まずは阪急神戸三宮から電車に乗り、高速神戸に向かう。 高速神戸から新開地にかけて、「メトロこうべ」という地下街が広がっているので、歩いてみた。 ここは神戸高速鉄道の開業時から存在しているらしいが、昭和の時代からタイムスリップしたかのような古びた飲食店や、 だだっ広い卓球場が広がるなど、独特の雰囲気を醸し出している。
 新開地から阪神神戸三宮に向かい、近鉄車の快速急行に乗る。 尼崎では前寄りに4両増結が行われたが、これが近鉄では今の所もっとも新しい系列であるシリーズ21だった。 シリーズ21に乗るのはほぼ初めてなのではないかと思うが、内装は何となくJRの321系に似ている気がする。 西九条で下車し、大阪環状線の新車である323系に初めて乗る。 乗り降りの多い大阪環状線に3扉車を導入するため、乗客の多い先頭車は立ち席スペースが多く取るなど工夫がなされている。

■ 梅田〜淡路〜阪急神戸三宮〜新横浜

 梅田から京都線に乗り、淡路に向かう。淡路から、2019年4月にデビューした「京とれいん 雅楽」に乗る。 この車両は神戸線の7000系を改造したもので、元々いる「京とれいん」と合わせて、 休日は1時間おきに大阪〜京都間の観光特急として運行している。 元々の車両は3扉だが、これを2扉に改造しているのでかなり大掛かりな改造となっている。 また、車内も先代の京とれいんよりも凝った内装となっていて、ちょっとした坪庭や一人掛けのクロスシートなど、 ユニークな仕掛けが凝らされていて一両一両を観察するだけでも面白い。
 梅田から今度は阪急神戸線に乗って神戸三宮に戻る。 三宮では三陽3000系アルミ車を久々に見かけた。この車両も相当経年は進んでいるはずで、 早晩新型の6000系に置き換えられてしまうのかもしれない。
 翌日は仕事なので、この日は所用を済ませた後、夜中の新幹線で東京に戻るつもりだったが、 折しも関東には台風15号が接近してきており、夕方以降の新幹線が急遽運休になってしまった。 仕方がないので大阪のホテルを確保して翌朝東京に戻ることにしたが、 翌朝もダイヤは大幅に乱れており、新大阪を7時半に出たのに新横浜に着いたのは11時過ぎ。 主に東京駅での折り返しがネックになっていたようで、小田原あたりからは少し進んでは機外停車の繰り返しで参った。 エクスプレス予約のグリーンプログラム特典のおかげで、グリーン車を確保できたのは不幸中の幸いだったが。 結局家にたどり着いたのは12時頃で、もはや仕事どころではない。 もっとも、台風の影響で首都圏の在来線は昼頃までほぼ全滅だったようで、ほとんど誰も職場にたどり着けない状況だったようだ。


阪急の新たな名物となった「京とれいん 雅楽」。


山陽の古豪3000系。よく見ると車内はクロスシートに改造されている。

2019/12/2

 2019年11月30日に、相鉄・JR直通線が開業して、相鉄の電車が埼京線の新宿まで乗り入れるようになった。 この路線は全てが新規開業という訳ではなく、相鉄線の西谷と東海道貨物線の羽沢貨物駅を短絡する2.1kmの線路が新設されたのみである。 合流地点手前には羽沢横浜国大という旅客駅も新たに設けられた。 ちなみに、既存の東海道線や横須賀線(品鶴線)と、 新たに旅客列車が通ることになった東海道貨物線との分岐駅は(停車列車はないが)鶴見という扱いになるので、 路線図上での新規開業区間は鶴見〜羽沢横浜国大(東海道本線の支線:貨物線から転用)と羽沢横浜国大〜西谷(相鉄新横浜線)となる。
 このように何だかややこしい新線だが、ともかく開業直後の12月に早速乗りに出かけた。

■ 大和〜西谷〜武蔵小杉

 朝のラッシュがまだ続いている9時前、大和駅へとやってきた。 ここから、まずは横浜行きの特急に乗る。 JR直通列車は、相鉄線内で特急または各駅停車として走行する。 前者は西谷で横浜発着の急行や快速などと接続し、後者は横浜発着の特急と接続する。 今回は後者のパターンで、西谷で特急から新宿行きに乗り換える。
 特急はラッシュ時とあってそこそこ混んでいたが、新宿行きはガラガラで、下手をすれば座れてしまいそうなほどだった。 通勤経路として定着するにはしばし時間が必要ということだろうか。車両は直通用車両である相鉄の12000系だった。 埼京線などで使用されるJRのE233系をベースにしているらしいが、塗装が独特の濃い紺色であるほか、車内の仕様も微妙に異なる。
 西谷を出ると、列車はすぐに地下に入る。トンネルをそこそこの速さで進み、羽沢横浜国大へ。 まだできて間もない新駅ということで、ここからの乗車はほとんどなかった。 羽沢横浜国大を出ると、線路は2方向に分かれる。1つは、まっすぐトンネルに吸い込まれており、 これは将来新横浜を経由して日吉に出て、東急に直通する予定になっている。 もう1つは高架を駆け上がり、ごちゃごちゃとした配線の東海道貨物線の線路と合流する。
 東海道貨物線は羽沢横浜国大から東は地下を延々と進む。横浜線の大口付近でちょっとだけ外に出るが、 周囲はシェルターに囲まれており、よく見ておかないとトンネルから出たことすら気づかないかもしれない。 長いトンネルを抜けると鶴見駅付近で地上に出て、 武蔵小杉手前で横須賀線と合流する。この経路は相鉄直通線の開業以前から一部の湘南ライナーが使用しており、何度か乗車したことがある。
 武蔵小杉に到着し、下車。武蔵小杉駅では誤乗の防止と、他の列車(15連)に比べて短い10連あることを喚起するため、 ホーム上に多数の職員が配備されていた。もっとも、激しい混雑で知られる武蔵小杉駅では、 空いている相鉄直通線の列車は混雑回避のための穴場として重宝されるのかもしれない。


武蔵小杉に到着した相鉄12000系。ビビッドな紺色はJR線内では異色の存在。

JR線乗りつぶし状況

新規乗車キロ数

路線名乗車区間キロ数
東海道本線鶴見〜羽沢横浜国大8.8
合計8.8

私鉄乗りつぶし状況

新規乗車キロ数

会社名路線名乗車区間キロ数
相模鉄道新横浜線西谷〜羽沢横浜国大2.1
合計2.1