山間の盲腸ローカル線

 10月のとある日曜、関西へ行く用事ができた。土曜日は一日空いていたので、 迷うことなく西の未乗線である長良川鉄道・信楽高原鉄道に乗車することにした。
 しかし、東京を当日出てこの2つの路線に明るいうちに乗るというプランは予想外に組みづらく、 プラン作成は困難を極めた。特に頭を悩ませたのは、美濃太田での高山線と長良川鉄道の乗り継ぎの悪さと、 信楽高原鉄道の本数の少なさであった。詳しくは本文中で述べるが、 特に前者については至急改善してもらいたいといいたくなるほどの酷さだった。
 結局、前に掲げた命題を満たす乗り継ぎを鉄道だけで行うのは不可能で、 途中でタクシーを使うという荒業に出るしかなかったのだった。

目次

2006/10/14

■ 新横浜6:46発〜名古屋8:09着 のぞみ171号

 名古屋までは毎度おなじみののぞみ号で名古屋へ向かう。土曜の早朝にもかかわらずそこそこの乗車率だった。 客層としては、京都あたりに向かうと思われる中高年のグループが目立った。 11月の紅葉の時期になると京都は激しく混雑するので、 今のうちに観光しておこうという人が多いのだろうか。臨時列車ということで、 車両はやや古さが目立ってきた300系なのがややがっかり。
 三河安城を過ぎ、名鉄常滑線をまたぎ、ナゴヤ球場の横をかすめると名古屋駅はもうすぐだ。 定刻どおり名古屋に到着。これまで何十回も新幹線で名古屋を通過しているはずだが、 新幹線で名古屋駅に降り立つのは10数年ぶりだ。 時間があるので、駅弁を購入した後構内をうろついてみる。 セントラルタワーズの伊勢丹には、「中日ドラゴンズ優勝セール」の看板が掛かっている。 中日が優勝したのはつい5日ほど前だ。 ちなみに、セントラルタワーズの横には同じような高さの高層ビルができていた。 以前はセントラルタワーズが高さで群を抜いていたのだが。

■ 名古屋8:43発〜美濃太田9:21着 ワイドビューひだ1号

 発車の15分ほど前に、これから乗る特急ひだに乗り場に向かった。 観光シーズンだけあって乗り口には長蛇の列ができ、 列の端の方はホームの反対側の白線まで延びている。その反対側のホームに、 警笛を鳴らしながら通勤列車が進入してきたりする。
 ホームに上がってみると、キハ85のホームライナーが入線していた。 これがそのまま「ひだ」になるのかと思いきや、 なぜかこの車両はどこかに引き上げてしまい、キハ85が9両で入線してきた。 所定7連の所を2両増結しているようだ。
 自由席は混んでいたが何とか座ることができた。車内を観察してみると、 観光列車らしくハイデッカーになっているものの、 もう登場からかなりの年数が経っているため、内装が黄ばんでいてやや古臭さが目立ちつつあった。 ほぼ満席の状態の自由席で発車を待っていると、新体操の用具を持った小学生の女の子の集団が大量に指定席へと移動していく。 高山あたりで大会でもあるのだろうか。
 この列車は岐阜で方向が変わるため、名古屋〜岐阜間は進行方向と逆向きで走る。 名古屋を出てしばらく走ると再現された清洲城の横を走る。 このあたりは貨物線が併走しており、貨物列車や、何故か311系の回送列車と併走したりする。 貨物線は間もなくヤードへと入ってしまうが、このヤードも縮小が進んでいるようで、 跡地にスーパーの建設予定地を示す看板が立っている。
 車内の表示板に「時速120kmで走行中」という表示が見える。以前、名鉄に乗ったときも似た表示を見たことがある。 やはり張り合っているのだろうか?快速列車が必ず停車する尾張一宮駅を特急は通過する。一宮を出ると名鉄との併走区間があり、 向こうには屋根のない小駅がある。木曽川を渡ると、間もなく目の前に金華山と岐阜城が見えてきた。高架の岐阜駅に到着。
 岐阜で進行方向が変わり、ようやく前向きになる。左手に名鉄岐阜駅を見ながら高架を下り、名鉄各務原線をくぐる。 岐阜を出てすぐ、いきなり回りは田んぼになる。だが、その後ろの山沿いにはマンションが建っているのが見える。 長森を出て、那加、蘇原と進むと今度は工場が目立つようになる。 風光明媚で知られる高山線だが、この辺りの風景はいたって平凡だ。 少し山が迫っていて、各務ヶ原を通過。意外にこじんまりとした駅だ。 やがて車内放送が入り、右手に国宝の犬山城が見えるという。 併走する名鉄の向こうに確かに見える。相変わらず名鉄はこまめに駅を設けている。名鉄が急に右に曲がると、 鵜沼の駅に到着。かつて「北アルプス」が通っていた名鉄とJRの連絡線もまだ辛うじて残っていた。
 鵜沼を出ると、日本ラインと呼ばれる木曽川が迫ってきた。川の中の岩が荒々しい。次の坂祝駅は駅前に大きなセメント工場がある。 木曽川を離れると、まもなく美濃太田に到着。
 改札を出てみると、地方の駅にしては立派な橋上駅だった。 長良川鉄道の一日乗車券を買ってもまだまだ時間があるので、待合室で先ほど買った駅弁を食べて時間をつぶす。 購入したのは名古屋駅で一番高価な「なごや一番」で、なんと三段重ねの豪華な弁当だ。 三段もあると流石にいろんな物が入っており、名物の鳥飯や味噌カツ、うなぎ、果てはういろうまでとにかく何でもある。 中でも、名古屋コーチン(と思われる)のコールドチキンが一番旨かった。1500円と高いが、 質量共にそれだけの価値はあると思う。


特急ひだ号に使用されるキハ85。


食べ応え満点の「なごや一番」。三段重ねの豪華仕様だ。

■ 美濃太田9:50発〜北濃11:44着 長良川鉄道

 乗り込んだ車両は、長良川鉄道開業時から使われている古い車両で、車内はロングシートだ。 新しい車両にはボックスシートもあるので、車両的にはハズレを引いてしまったといえる。
 20人ほどの客を乗せ、美濃太田を発車。 高山本線と別れて勾配を上っていく。前平公園、加茂野と停まる。途中には日立製作所の大きな工場が見える。
 次の富加は交換駅で、駅長がホームに立っている。駅舎は木造で、一昔前のローカル線の雰囲気だ。もし長良川鉄道に転換されず、 JRに残っていたならば合理化で駅長も木造駅舎も消えていただろう。 富加を出てのどかな田んぼの間を進む。周りに家が立ち並ぶようになると関口で、 その名の通り関の町の入口にある駅だ。ここで5人ほど降りた。次の刃物会館前は転換後に出来た駅で、 道路に面しているもののホーム以外の施設は何も無く、駅前広場もない簡素な駅だ。ここで若者が数人降りた。
 続いて関市の中心である関駅に到着。長良川鉄道の機関区と、名鉄美濃町線の関駅の跡が見えた。 この関駅も古い駅舎が使われている。この線の交換駅には、ほぼ全て国鉄時代の古い駅舎が残っていた。
 田んぼのど真ん中の関市役所前、高校が目の前にある関下有知を過ぎると、東海環状道と東海北陸道の下をくぐる。 山が迫ってきたところで美濃市に到着。ここで上り列車と交換する。 が、降りる人以上に乗る人が多い。10人ぐらいは乗ってきただろうか。 盲腸線は置くに行くほど需要が先細るのが常なので、意外なことだ。
 高校の目の前に設置された梅山を過ぎると、山がますます迫り、写真のように長良川と寄り添うように走る。 湯の洞温泉口を過ぎると、頭上を不気味に掠める東海北陸道と共に川を渡り、トンネルに入る。 駅間も長くなってきた。次の洲原は、駅前に台湾ラーメンの店がある以外何も無い。 と、再び駅間が短くなり母野、木尾と難読駅が続く。
 この辺りでふと周りの客を見ていて気付いたのだが、多くの人が「みなみ子宝温泉クーポン」というのを持っている。 どうやら長良川鉄道でみなみ子宝温泉を訪れると、無料で入浴できるようだ。
 木尾の次の八坂には、「日本真ん中の駅」の看板があった。 こういうものは、どういう基準で算出しているのだろう。加古川線にも「日本へそ公園」というのがあったり、 「日本の真ん中」を名乗る土地は数多い。その次がみなみ子宝温泉で、 一気に20人ぐらいの客が下車し、残りは15人ぐらいに減った。
 次の大家は交換駅ながら無人駅。人気も無く寂しい。福野はやや大きな集落がある。美並苅安は交換駅でないが、古い駅舎がある。 川を渡り、赤池に着く。ここも人気が無い。深戸を過ぎ、川幅が狭くなったところで東海北陸道と併走するが、 北行きの車線がノロノロ運転になっているのが見えた。鈍行が高速道路に勝ったようで、少し嬉しくなる。
 高速道路が離れ、相生に着く。この辺りでは網を仕掛けて漁をしている光景が見られた。そこからさらに狭い川沿いを走り、 郡上八幡に到着。東海北陸道の開通や白川郷のブームも手伝って、観光地として注目されつつある街だ。 観光客らしいグループが何人か下車した。
 この駅で2度目の交換をし、更に北上すると吉田川という川を渡る。 この川沿いに郡上八幡の城下町が開けているが、車窓からは良く見えない。長良川沿いに長々と走り、次の自然園前駅に着くが、 人気が無い。この辺りの国道は雪覆いの下を走っており、この辺りの雪の深さを感じさせる。
 東海北陸道の高架下にある山田は元交換駅。関係ないが、この辺りの東海北陸道は、なかなか優美な曲線を描いている。 こんな曲線のPC橋が作れるようになるとは、土木技術の向上を目の当たりにしたような気分だ。
 徳永をすぎ、その次の郡上大和は 現役の交換駅。かつての大和町の中心駅だ。万場の次の上万場は、後から取ってつけたような駅で、周りに何も無い。 次の大中では5人ほど学生が降りた。その次の大島は住宅の裏庭のような所に無理やり設置されていて、もちろん駅舎は無い。
 美濃太田から各駅に停まりながら走り続け、ようやく美濃白鳥に着いた。ここから油坂峠を越え、西へ20km程行くと、 越美北線の終着・九頭竜湖にたどり着く。かつてはこの2駅を結ぶバスが走っていたが、数年前に廃止されてしまった。 両線を乗りつぶすには有効なバスだったのだが。それにしても、これだけ奥地まで来たにもかかわらず、 長良川の形成した川沿いの平野はまだまだ幅があり、田んぼが広々と広がっていて、 奥地という感じがしない。沿線にそこそこ住宅もあるせいでもあるだろう。
 美濃白鳥から先は、今や珍しいタブレット閉塞となる。この時点で車内に残っているのはわずか5人で、 次の白鳥高原で1人降りてしまった。残っているのは美濃太田からずっと乗っている鉄道マニアの少年と、 リュックを背負った男性2人だけだ。 白鳥高原はスキー場として有名なようで、看板が至る所にある。いよいよ列車はラストスパートに入った。 白山長滝駅のすぐ横には、白山神社という立派な神社がある。神社は派手に飾り付けられており、 祭か何かをやっているようだ。
 そして平野が狭まったところで、終点の北濃に到着。駅員もおらず、駅前に道路があるだけの寂しい終着駅だった。


古いタイプのレールバスで長良川鉄道を乗りつぶす。


美濃市を過ぎると山が迫り、長良川と寄り添うように走る。


長良川鉄道に併走する、東海北陸道のPC橋は優美な曲線を描いている。


寂しい終端駅である北濃駅。

■ 北濃12:19発〜関13:47着 長良川鉄道

 これからの予定は、岐阜まで戻り東海道線、草津線を乗り継いで信楽高原鉄道に乗ることに決めていた。 が、長良川鉄道の折り返し列車に乗って素直に信楽を目指すと、僅かの差で貴生川17時19分発の列車に乗れない。 これより遅くなると、大阪着が遅くなるばかりか信楽線に乗るのが夜になってしまう。 その元凶は長良川鉄道と高山本線の接続の悪さにあり(この他、東海道線と草津線も接続が悪いのだが)、 美濃太田ではわずか2分の差で高山本線が先に発車してしまうという「お見送りダイヤ」となっている。
 何とも腹立たしいので、解決策を色々考えた。 一つは、郡上八幡から高速バスで岐阜に抜ける方法。だが、郡上八幡での接続時間が数分しかないばかりか、 駅とバス停がやや離れている。もう一つは、長良川鉄道の関から、高山本線の各務原あたりへタクシーで向かう方法。 長良川鉄道は、関を出ると岐阜の方向とは反対に南東に進み美濃太田へ至るので、 タクシーでショートカットすれば列車より早く進める。 が、邪道な手段だし、何より交通費がかかるのでなるべくこれは避けたい。他にも美濃市や関からのバスもあるが、 接続の都合で上手く行かない。
 そこで、郡上八幡での乗り継ぎを試すことに決めた。北濃では30分強折り返し時間があるので、 とりあえず駅前のトイレに入った。駅自体は無人になって久しいようだが、 トイレだけはなぜか綺麗に保たれており、有難く使わせて頂いた。 トイレを出ると、駅前のバス停から路線バスが出発して行った。行き先は「郡上八幡」・・・。 このバスに乗れば郡上八幡からの高速バスに乗り継げるのではないか、と思ったが、後で調べるとまさにその通りであった。 「しまった」と思ったが後の祭りなので、駅舎を撮影したり目の前の河原に行ったりして時間を潰した。 上流にほとんど人家が無いためか、川の水はとても綺麗だった。
 折り返しの列車に乗り込む。客は私と先程の少年マニアのみである。 美濃白鳥で10人ほど高校生を乗せ、今来た道を戻る。が、特に対向列車の遅れも無いにもかかわらず、 乗っている列車は4分ほど遅れている。ダイヤに無理があるのか、気動車が旧型で性能が悪いせいだろうか。 いずれにせよ、白鳥での接続はわずかなので非常に困る。 結局、遅れは全く回復せず白鳥の街が近づいてきた。が、駅の1km程手前で、例の高速バスとすれ違ってしまった。 既に町を抜け、高速のインターへ向かっているようだった。 が、あの感じだとこの列車の遅れが無くても乗り継ぎは厳しかったかも知れず、 列車が遅れてくれてむしろ良かったのかも知れない。
 その後、白鳥からも高校生が乗り、みなみ子宝温泉からは温泉帰りの客が大量に乗り、 美濃市の手前からも部活帰りの高校生が乗ってきたため、関に着いても遅れは全く縮まらなかった。
 白鳥での乗り継ぎに失敗した以上、残された手段は一つしかない。 関の駅で下車し、駅前に1台だけ停まっていたタクシーに乗り込み、 「高山線の蘇原まで」と運転士に告げた。蘇原は関から南下した場所にある駅だ。タクシーは関の町を抜け、 関と各務原の間にある山を県道で越えた。これで間に合わなかったらどうしようとヒヤヒヤしたが、関を出て20分強で 蘇原駅に着いた。列車の発車までは5分ほどの余裕を残した。

■ 蘇原14:21発〜岐阜14:38着

 蘇原の駅前は2軒ほどの商店しかなく、寂しい駅だ。 こんな駅で降りる機会などもう無いだろうから、ある意味貴重な経験ではあるが。 やってきたのは2両編成の気動車で、空いていた。蘇原の次の那加は名鉄の駅に近く、 名鉄に対してスピード、運賃で優位であることをアピールする看板が、名鉄の駅に向けて立てられていた。 次の長森の駅前では稲刈りが行われていた。 地方では良くあることとは言え、県庁所在地の1駅次でこんな光景が見られるのはすごい。

■ 岐阜14:48発〜米原15:40着

 岐阜からは米原行きの快速に乗る。やってきたのは、この間のダイヤ改正で投入された313系のマイナーチェンジ車で、 6両固定編成だった。快速系の列車を6連に増結するという話は知っていたが、6両固定編成がいるとは知らなかった。 九州の717系のように、ドア横のクロスシートも転換できるのが特徴となっている。
 岐阜を出て、西岐阜、穂積と通過する。学生時代、帰省の度に東海道を18きっぷで下っていた頃は何度となく通ったが、 ここ数年はすっかりご無沙汰していて、懐かしい思いで通過する。大垣の手前で揖斐川を渡るが、 揖斐川には東海道線の橋の上流に2つの橋が架かっているのが見える。 1つは東海道線の旧線路を流用したと思われる歩道橋で、もう1つは樽見鉄道の橋だ。
 揖斐川を渡ると大垣の到着。新快速・快速の多くは大垣止まりなのだが、この列車は珍しく米原まで直通で走る。 しかも編成は6両と長いため、車内は空いており快適そのものだ。大垣〜米原間というと、 18きっぷシーズンに2両編成の列車に詰め込まれて通過したイメージが強いため、 なおのこと快適に感じる。新垂井周りの別線や、関ヶ原古戦場の看板、伊吹山などをのんびりと眺めつつ、米原着。

■ 米原16:01発〜草津16:44着

 米原では10分の乗り継ぎで長浜からの新快速に乗車できる。が、学生の帰宅ラッシュや観光帰りの客と重なり、 新快速は結構混んでいる。座れなくはなさそうだが、その後の普通でも草津での接続列車は変わらないため、 新快速を見送り普通列車に乗ることにする。長浜以北が電化されると、ますます米原からの新快速が混むのだろうか。
 新快速は8両編成だったが、普通列車は何故か12両と長い編成だった。 そのため、最後尾の車両に座ったところしばらく貸し切り状態だった。 途中の近江八幡で数人乗ってきたものの、その他の駅での乗車は全くなし。 普段は新快速や新幹線で通り抜けてしまう近江路を眺めつつ、草津まで行く。
 車内は空いていたので、名古屋で買ったもう一つの駅弁で昼食とする。(とはいえ、「朝食」がとんでもない量だったので、 全然腹が空いていなかったが。)買ったのは「味噌カツ丼」という非常に名古屋らしいもので、 添付の温泉卵をかけることにより味がまろやかになる。生卵が悪くならないか心配だったので、 腹が減っていないのに無理やり完食した。


名古屋駅で買った「味噌カツ丼」。

■ 草津16:50発〜貴生川17:14着

 草津からは京都始発の草津線直通列車に乗る。4両と短い編成だが、何とか座れた。 やってきたのは真ん中2両が更新車で椅子が転換クロスシート、両端が古いままの椅子という編成だったが、 古いシートの方の車両に収まった。草津を出て東海道線と別れると、東海道新幹線の保線基地の方に引込み線が延びている。 もっとも、今ではそれぞれ別会社となってしまったためか、使われている様子はなかった。新幹線との交差地点には、 今話題の(?)「南びわこ駅建設予定地」との看板があった。
草津線はずっと国道1号線と並行して走る。 線路の横には大きな建物は少ないが、国道の方にはレストランやスーパーなどの看板が目立つ。 列車は各駅で乗客を少しずつ吐き出しながら淡々と進む。車窓もこれまで乗ってきた東海道線と大差なかったが、 三雲を過ぎると山が迫ってきて、川沿いの狭い平地を進むようになった。が、まもなく貴生川に到着。

■ 貴生川17:19発〜信楽17:43着 信楽高原鉄道

 貴生川駅には2つの私鉄が乗り入れている。1つは近江八幡方面へ行く近江鉄道、もう一つが信楽に行く信楽高原鉄道だ。 1つの駅に3つの鉄道会社が乗り入れる駅というのは結構少なく、ターミナルとして栄えているケースが多いのだが、 ここ貴生川はそんなことは全く無い。関東で言うと寄居のような感じか。
 JRのホームの一隅に高原鉄道のホームがあった。 間に仕切りなどはないが、ICOCA用の改札機がぽつんと置いてある。ホームには既に2両編成の列車が停まっている。 前の車両はクロスシート、後ろはロングシートだったが、空いている後ろの車両に乗り込む。 側面の狸のイラストがユーモラスだ。
 信楽高原鉄道というと、どうしても91年の列車事故を思い出してしまう。あの時はまだ関西に住んでいたため、テレビで大々的に 報道されていたのを覚えている。JRのキハ58がくの字に曲がっていた映像は今でも鮮明に記憶している。 そんな訳で、この信楽高原鉄道にはどうしても良い印象を持てなかったのだが、乗ってみると当然の事ながら他の 3セク鉄道と変わりはなく、地元客を黙々と運ぶのどかな鉄道であった。
 貴生川を出た列車は、まもなく木立の間に入り、勾配をどんどんと上っていく。木立の合間からは、先ほど乗った草津線と並行する 川が見える。そんな森の中を5分以上走ったところで、森の中に突然広場と、手の先に鳥を持った人間の像が見えた。 あれが列車事故の慰霊碑かと思ったが、よく分からなかった。
 列車は相変わらず山の中を急カーブでどんどん登っていく。ようやく勾配がゆるくなったところで、信号所を通過する。 この信号所で交換列車を待たなかったことが列車事故の原因となったのだが、現在この信号所は使われていない。 他に交換施設は無いため、高原鉄道全体が1つの閉塞区間となっている。信号所を過ぎてもまだ森の中だが、 突然視界が開け、大きな工事現場に出た。ここは第二名神の建設現場で、突然現れた巨大な人工物にやや驚いた。
 結局貴生川からは15分ほどを要し、紫香楽宮跡前に到着。片面ホームの小さな駅だ。 そこからしばらく走ると、すぐに雲井駅に着く。ここは国鉄時代からの木造駅舎が使われている。駅前には噴水があった。
 次の勅旨駅の横には立派な屋敷があった。時代劇にでてくる長者の屋敷のような感じで、今日見た車窓の中では 恐らく最も立派な家だったのではないだろうか。その次の玉桂寺前駅の周りには何もない。一応駅に道は延びているが、 畑のあぜ道につながっている。あぜ道を通らないとこの駅にはたどり着けないよう。
 終点の信楽につく頃には、もう日が暮れかかっていた。草津からの運賃を精算し、 外に出る。この駅には信楽焼の狸が至る所に置いてあり、 ホームや駅の中だけでなく、駅の前にも写真のように巨大なのが置いてある。それはよく見ると電話ボックスになっているようだ。 (電話機と対比すると、その巨大さが分かると思う。)
 折り返しまでにやや時間があるので、暇つぶしできるところがあればと思ったが、「松茸料理」ののぼりを出した料亭と、 昔ながらの大衆食堂ぐらいしかなかったので、駅舎で列車を待つことにした。駅舎の中には列車事故の資料館があったが、 時間が遅くもう閉鎖されていた。


側面の狸のイラストがユーモラスな、信楽高原鉄道の車両。


終点の信楽駅前にある、巨大な信楽焼の狸。

■ 信楽18:07発〜貴生川18:30着 信楽高原鉄道

 駅の券売機で草津までの切符を買うと、食堂の食券のような切符が出てきた。地方の鉄道ではよく見られるが、 保存性に問題があるので困り者だ。貴生川行きの列車には部活終わりの学生が数人乗っていたが、空いていた。

■ 貴生川18:35発〜草津19:02着

 貴生川からの列車も113系の4両編成。途中駅では、221系6連や、さらには223系の8連とすれ違い、 そんな豪華編成が草津線を走っているのかと驚いた。と同時に、あちらの方が良いなと思った。 京都方面に向かう上り列車なのでがらがらかと思いきや、結構混んでいたし、途中駅からも続々と人が乗ってくるので驚いた。 草津線の旅客流動は謎である。草津からは、珍しい草津始発の新快速に乗って大阪へと向かった。

私鉄乗りつぶし状況

新規乗車キロ数

会社名路線名乗車区間キロ数
長良川鉄道越美南線美濃太田〜北濃72.1
信楽高原鐵道信楽線貴生川〜信楽14.7
合計86.8