3セクと駅弁で巡る東北・北海道(その1)

 2006年のゴールデンウィークがやってきた。このGWは、東北の3セク線を乗り歩くとともに、 乗りつぶしはしたもののまともに車窓を見られなかった 山田線・釜石線・宗谷本線や、長いことご無沙汰している羽越本線・石北本線などに乗ることにした。 きっぷは、北海道の路線に乗りまくるべく周遊きっぷ北海道ゾーン利用とした。 帰りは飛行機を利用したが、行きは米坂線・羽越本線・山田線などを複雑に経由するため、 きわめて経路がややこしく、発券してもらったびゅうプラザの係員の女性を大いに困惑させた。 4月28日に東京をスタートし、5月2日に釧路にゴールするという、久々の大旅行の始まりである。

目次

2006/4/28

■ 東京6:28発〜福島7:57着 つばさ101号

 早朝の東京駅、これから北海道へ行くというのに何故か山形新幹線つばさ号でのスタートである。 しかも、このつばさ101号は通常のつばさ号と違い、 やまびこ号を連結しない特異列車ときている。連休の初日とあって、 混雑を心配して指定席を取ったのだが、自由席の車内を覗いてみると大量に空席があった。 時間があまりにも早いため流石に客が少ないようだった。 ただ、あくまで東京駅発車時点での話なので、大宮からどうなったかは知らない。
 列車は大宮を出ると快調に関東平野を北上する。意外にも郡山すら通過し、あっという間に福島に着いた。


新庄開業向けに増備されたE3系。 つばさ号で見かけることは結構珍しい。

■ 福島8:31発〜米沢9:21着

 これからの予定は、米沢から米坂線で日本海側に出ることになっている。 乗ってきたつばさ号に乗り続ければ米沢に行けるが、 わざわざ福島で下車して後続の普通列車で米沢へ行くことにした。米坂線への接続を考えると、 つばさ号では米沢で時間が余り過ぎるというのもあったが、普通列車でじっくり観察しながら 板谷峠を越えてみたいというのもあった。
 新幹線を降りて駅弁を買い、 奥羽本線の在来線ホームへ行く。奥羽本線は標準軌化されているから、 専用ホームからの発車である。ホームには先発の庭坂行きがまだ停車していた。 その横の米沢行きの列車にはまだ誰も乗っていなかったので、 運転席後ろのロングシートに座る。これで展望はバッチリだ。
 10人弱の客を乗せ、福島発車。しばらく福島盆地を走り、庭坂へ。 構内には先行した庭坂止まりの列車が停まっている。 駅前には工場があるぐらいで、目だったものはあまり無い。 が、目の前には山が迫っており、列車は大きくカーブを描きながら山をかき分けて登っていく。 列車は松川の渓谷を走る。斜面の日の当たらないところにはまだ雪が残っている。
 赤岩、板谷、峠、大沢と、かつて4連続スイッチバックとして知られた 山岳駅が続々と登場する。普通列車はそれらの駅にも淡々と停車する。 乗り降りはほとんどない。赤岩以外は全て雪覆いの中にホームがあり、独特の雰囲気となっている。 どの駅も今はスイッチバックは廃止になり、普通の駅になってしまっているが 、よく見ると加速線の跡や雪覆いの形など、痕跡は至る所に残っている。 普通列車は特急と違って長く停車するので、じっくり観察できる。
 なかでも、板谷トンネルを抜けたところにある峠駅は、「峠の力餅」の立ち売りを、 一日数本のわずかな普通列車相手に未だに続けていることで知られる。 峠駅に着く直前、「峠駅で力餅の販売を行っております」とわざわざ車掌さんが放送したので (立ち売りの案内放送は初めて聞いた)、買い求めることにした。 販売員はてっきりおじさんだろうと思っていたが、意外にも女性だった。 1000円の餅を買う。他にも数名購入していたようだ。
 車内では、福島駅で購入した駅弁を朝食として食べる。 「ふくしまの香」という弁当で、福島の名産を詰め込んだおかずが 売りだそうだ。おこわが笹にくるまれていたりしてなかなか凝っている。 茄子の下に味噌があり、これをカツにつけて食べるらしいが、最初まったく気づかなかった。 1200円と高額な弁当なので、何かお品書きを書いた紙などを入れるともっと良いと思う。

 大沢を出ると山を下り、集落も見えてきた。関根からは何故か単線となり、米沢着。 米沢では一時間も待ち時間があるので、カバンをコインロッカーに入れて 街を探索に出かけた。お城まで行くことは出来なかったものの、 古くからの城下町らしく昔ながらの建物が至る所に残っていた。 米沢はちょうど桜が満開を迎えつつあった。また、街を流れる川をまたぐように 長い鯉のぼりが掛けられていた。鯉のぼりと桜を同時に眺められるのは東北ならではだ。


標準軌仕様の719系。 福島−米沢間は必ずこの車両がやってくる。


福島駅で購入した「ふくしまの香」。


米沢駅に着いたときには、 国鉄色に復元されたキハ52が停車していた。

■ 米沢10:28発〜坂町12:23着

 駅に戻り、米坂線乗り場へ行くと、3両編成の気動車が停まっていた。 先程見たときは国鉄色のキハ52が停まっていたが、その編成とは違うようだ。 とはいえ、これから乗る編成もキハ52、キハ58、 キハ40という国鉄型トリオで構成される豪華(?)なもので、 今回は2両目のキハ52に乗り込んだ。
 米坂線は米沢の街をぐるりと回るように走る。 南米沢、西米沢とも市内にしては静かな駅だった。やがて街を抜け、田んぼの中を進む。 この列車は快速なので、一部の駅を通過して進む。 が、快速と行っても通過するのはこのあたりだけで、今泉からは各駅に停まる。 それにしても、連休初日というのに乗客が少ない。同じ車両には5人ぐらいしか乗っていない。
 今泉駅では山形鉄道と並びのホームに停車する。 2面4線という首都圏の私鉄駅のようなホーム配置だが、客はあまり見当たらない。 今泉からは山形鉄道と合流する。しばらく走り、川を渡ると 山形鉄道が右に分岐して行った。元は同じ国鉄同士とはいえ、やや驚いた。
 しばらく走り、羽前椿で対向列車と交換する。ここが米沢盆地の限界といったところで、 これから先山越えとなる。細い沢に沿ってしばらく走り、宇津峠をトンネルで越える。 普通、峠を越えると違う県になることが多いが、面白いことに この峠を越えてもその先はまだ山形県である。トンネルを越えると今度は沢沿いに下る。 窓の下のほうに小川が流れている。 とりたてて絶景ではないが、素朴な自然の光景が続く。
 小国は、今泉に並ぶ米坂線の拠点駅で、かなり乗客が入れ替わった。 それでも、列車は相変わらず空いている。 小国を出ると、先程の小川が水量の多い流れとなり、狭い渓谷いっぱいに流れている。 このあたりの渓谷が米坂線内でももっとも険しく、山形県と新潟県の県境もここである。 その難所を抜けると越後下関で、川沿いの平地に街が広がっている。 これで坂町まで難なくいけるかと思いきや、また川ぎりぎりまで崖が張り出している箇所があり、 崖沿いをするすると走る。最後の難所を抜け、やがて列車は、坂町駅のホームに到着した。


車内では、先程購入した力餅を賞味(写真では既に1個食べてしまってますが)。 餅の中にはこしあんが入っていて美味しいが、量が半端でなく、 食べ切ったのはこの日の夜だった。

■ 坂町12:49発〜村上13:01着

 坂町では、次の特急が来るまで50分もある。駅前に出てみるが、 小さなバス乗り場があるぐらいで、時間が潰せそうな商店などはあまりない。 トイレに行き、売店でジュースを買うともうすることがなくなってしまった。 仕方ないので、先行する普通列車で村上まで行くことにする。 やってきた列車は新新潟色の115系5連だった。編成が長いのでがらがらだった。 直流電化の北限・村上で下車する。およそ10年ぶりの訪問だ。とはいっても前回は、 乗り換えのためすぐ立ち去ってしまったが。村上は近年、 城下町として観光地化が進められており、駅も小奇麗に改装されていた。

■ 村上13:22発〜羽後本荘15:42着 いなほ5号

 村上でもたっぷり20分待ち、ようやく特急「いなほ」秋田行きを迎える。 この列車、出発の一週間前に空席状況を調べたところ、ほとんど空席が無いことが分かった。 ゴールデンウィークだし混んでいるのだろうと思い慌てて指定席を取ったが、 窓側の席は取れなかった。が、村上で自由席を見てみると窓側に十分空席がある。 しかも村上で降りる人も多く、日本海側の窓際の席が楽々確保できた。 指定席料金が勿体無いが、こちらに座ることにする。
 村上を出ると、すぐに上下線が大きく分かれる。単線のところに後から 複線にした線区ではよく見かける光景だ。列車は日本海沿いに出る。 以前ここを通ったときは真冬で、空はどんより雲って海も荒れていて、 何と荒涼とした海だろうと感じた。今日は天気もよく、波も穏やかで水も澄んでいる。 ここから先、列車は海沿いをずっと進む。山と海に挟まれた狭い土地にぽつぽつと住宅がある。 線路の海沿いには国道が走っているが、線路の方が高い位置にあるため 景色は良い。所々、巨岩が海まで突き出していて、その下をトンネルで通過する。 ここがいわゆる「笹川流れ」の景勝地で、巨岩をじっくりと眺めることは出来ないが 横からは見ることが出来る。
 羽越本線のこの区間は、 何度か災害に見舞われており、つい先日も土砂崩れで1ヶ月以上不通となった。そういえば、 特急列車が強風で飛ばされ死者が出る事故もあった。そんな難所だけあって、 日本海縦貫線の一部を構成する線ながら複線化はパッチワークのように行われているだけで、 複線区間と単線区間がめまぐるしく入り組んでいる。村上からあつみ温泉までは、 ほぼ一駅ごとに入れ替わっている状況だ。
 車内では米沢駅弁の昼食を取る。 買ったのは「栄太郎」という弁当で、牛カルビにとびっ子、卵の乗ったご飯である。 米沢駅弁は牛肉がてんこ盛りの弁当が多いので、それに食べ飽きた人には良いかもしれない。

 特急は、府屋、あつみ温泉と停車する。どちらも特急停車駅とは思えないほど寂しい駅だった。 あつみ温泉を出ると、険しい海岸とはもう付き合っていられないとばかりにトンネルが増える。 そして、トンネルで一気に内陸へ抜ける。 久しぶりに見る広い田んぼの間を抜け、鶴岡に着く。余目に停車し、例の事故が起きた鉄橋を通過して酒田に着いた。
 酒田では、自由席に座っていた客がほとんど降りた。 乗ってくる人はほとんどおらず、同じ車内に残ったのはわずか数人ほど。 この区間の需要がこれほど少ないとは思わなかった。 確かに、酒田から先昼行特急はわずか3往復しか走っていない。
 しばらく走り、吹浦を過ぎると再び日本海側に出る。とはいえ、 先程まで走ってきた所に比べて地形はやや緩やかで、田畑や森の向こうに海が見える形になる。 列車はやがて象潟に着く。象潟は、かつて松島のような多島海だったところが隆起し陸地になっていて、 田んぼの間に小さな丘が隆起している。 象潟を過ぎると、人の気配の少ない森林の間を行く。 もう秋田県に入っており、このあたりまでくると人の手の入らない自然が増えてくる。 まもなく、羽後本荘に到着。この列車は秋田まで行くが、羽後本荘で由利高原鉄道へ寄り道することにした。


485系リニューアル編成。現在は「いなほ」「北越」等新潟ローカル特急で活躍。


こんな風光明媚な海岸を見ながらの旅が続く。


米沢駅弁の「栄太郎」。

■ 羽後本荘15:50発〜矢島16:28着 由利高原鉄道

 由利高原鉄道は、羽後本荘から内陸部の矢島を結ぶ旧国鉄矢島線を転換した鉄道だ。 しかし、この線は全国の3セク線でももっとも地味な部類の線で、 鉄道雑誌などでも話題にまず上らない。そもそも、由利とか矢島といわれても、 秋田県外の人はどこにあるのかさっぱり分からない。 例えば「鳥海山ろく鉄道」とか、もうちょっと派手な名前にしたほうが良いのではないだろうか。
 その由利高原鉄道は、羽後本荘駅の一番外れのホームから発車する。 秋田方面からやってきた高校生や、逆に秋田へ向かう高校生などでホームは混んでいる。 単行の矢島行きディーゼルカーにも高校生が乗り込んできた。
 羽後本荘を出て、羽越線沿いに逆送する格好でしばらく走る。羽越線から別れかけるところで 最初の停車駅・薬師堂に着く。この駅、周りに家などは一切無く、 駅舎も崩れかけの木造の掘っ立て小屋だった。 その後は子吉川沿いの田園地帯を淡々と進む。 遮るものが無い田んぼの真ん中では風が強いのか、線路沿いに鉄製の防風柵が作られている。 集落がある前郷以外は総じて周りに人家の少ない駅が多い。 最後の方は子吉川沿いの平地も尽きてきて、川沿いぎりぎりのところを通ることもあった。 淡々と30分強走り、終点の矢島に着いた。

■ 矢島16:45発〜羽後本荘17:24着 由利高原鉄道

 矢島の駅はログハウス風の新しい駅舎に建て替えれられていた。 建物はローカル線の終点にしては大きく、中は地元の人のための公共スペースになっていた。 駅を出て、周りを見回すと線路沿いに古い建物があった。 どうやら古い駅舎のようで、今は倉庫として用いられているようだ。 さらに歩いて車止めを見てみる。頭上に桜の花が咲いている。 米沢とおなじく、ここも桜が満開だった。 駅に戻って、改めて中を見てみる。片隅にパソコンが置いてあり、自由にネットが出来るよう開放されている。 少し使いたかったが、学校帰りの中学生に占領されており断念した。
 帰りはその中学生達に混じって列車に揺られた。 あの廃屋のような薬師堂駅を撮影したりしながら、羽後本荘に戻る。


車止めのあたりに咲く桜。東北地方は桜の季節を迎えていた。

■ 羽後本荘17:43発〜秋田18:32着

 羽後本荘駅に戻ると、701系の2両編成が停車していた。 これが当駅始発の秋田行きで、車内は空いていた。羽後本荘を出ると、海沿いの線区のはずなのにちょっとした峠越えとなる。 その途中にある折渡は集落も少なく、一部の普通列車は通過する。 この列車も通過してしまった。峠を越えると、再び海沿いに出る。 まっすぐで何も無い海岸を701系電車は軽快に走る。海岸に発電用の風車が立っているのが見える。風が強いのだろう。
 しばらく走ると、日が暮れてきた。 海岸の松林の向こうに、沈もうとする真っ赤な夕陽が見える。今日は存分に海を眺めることが出来た。 列車は乗客が少ないまま秋田に到着した。


日本海に夕日が沈もうとしている

■ 秋田18:42発〜大館20:34着

 秋田からは当初、19時30分発の特急で宿泊地の大館に行くつもりでいた。 が、秋田で10分の待ち時間で接続する普通列車がある。 普通列車のほうが特急より20分早く着くし、特急料金も要らない。 持っている周遊きっぷの行き券は秋田から北上線・釜石線・山田線経由で盛岡に向かうルートとなっており (釜石・山田線を片道ルートに入れるため乗りもしない北上線をルートに入れたのだ) 大館までは切符が無いため券売機で大急ぎで切符を買い、夕食の駅弁も買ってホームへと向かった。
 大館行きの普通列車に乗ろうとすると、そこには予想外の光景が広がっていた。 東京のラッシュ時間帯かと思うほど混んでいるのだ。 701系2連の列車は通勤・通学客で通路まで満員だった。 701系が秋田地区でいたく不評だった理由として、 客車時代に比べて編成が大幅に短くなった点が挙げられていると聞いていたが、それを実感させられた。
 それでも仕方ないので乗り込み、吊革につかまりながら移動する。 次の土崎辺りでいくらか降りてくれないかと思ったが、 よく考えると秋田駅でこの列車の数分前に男鹿行きの気動車が先に発車していくのが見えた。 そちらは5両ぐらいの長い編成だったため、土崎に行く客のほとんどはそちらに乗るだろう。 案の定、土崎や上飯島での下車はほとんどなし。 それどころか、追分からは先行列車の客がこちらに乗り移ってきて更に混んできた。 絶望的な気分でしばらく進むと、次の大久保で結構な下車があり あっさり座れてしまった。その後もどんどん下車し、 八郎潟では一気に客が減り立つ客がほぼいなくなった。 これだけ客が減るのが早ければ2連での運用というのも分からなくはないが、 秋田で首都圏並みに列車が混むというのはやはりいかがなものかと思う。
 その後はほとんど乗ってくる客は無く、 東能代でバスケットで有名な能代工業の生徒が乗ってきたぐらいだった。 最後の方はがらがらで、ロングシートで駅弁を広げる余裕すらあった。 そんな訳で秋田で仕入れた弁当を開いた。 「こまち重ね弁当」は、その名の通りおかずの折とご飯の折が二重になっている。 味の方は、まあ標準的な幕の内であった。「いぶりがっこ」が入っているあたりに郷土色が出ている。

 大館に着き、駅近くのホテルへ向かう。途中に踏切があり、 何かと思ったがどうやら小坂精錬の貨物線らしい。旅客線は廃止となったが、貨物営業はまだ行っているようだ。


秋田駅の「こまち重ね弁当」。

2006/4/29

■ 大館6:30発〜鷹ノ巣6:44着

 翌朝、始発の秋田行き快速列車に乗るべく早朝の大館駅へ行く。 駅前には忠犬ハチ公の像が立っていた。渋谷に建っているあのハチ公の像である。 待合室に立っていると、開店準備中の売店に有名な「鶏めし」の駅弁が届けられた。 早速購入すると、できたてなのでまだ暖かい。
 列車は3両編成だった。今はがらがらだが、秋田に着く頃にはきっと混むのだろう。 大館を出ると、途中の小駅を軽快に通過しながら走る。 速度はローカル線にしてはなかなか速い。米代川沿いの荒地や田畑の入り混じった土地を走る。
 鷹ノ巣ではわずか2分の連絡で角館行きに乗り換える。乗り換え時間が少ないのが心配だったが、 ここの接続はちゃんと取ってくれるだろうし、大丈夫だろうと思っていた。 事実、他にも乗り換え客がいてちゃんと間に合った。


朝食として、大館で買った鶏めしを早速食べる。 有名な駅弁であり、しかも出来立てでまだ暖かいとあって味は上々だった。

■ 鷹ノ巣6:46発〜角館9:22着 秋田内陸縦貫鉄道

 秋田内陸縦貫鉄道の角館行きは、時間が時間だけあってがらがらだった。 車体は鮮やかなレモンイエローに塗られ、3セク線にしては垢抜けている。
 鷹巣をでるとすぐ、西鷹巣に着く。この辺の駅間の短さは3セク線らしい。 列車は田畑と森の入り混じる地帯を走る。しばらくすると阿仁川が寄り添ってくる。 途中、何度か列車と行き違う。どの列車も派手なカラーで、 上杉では紫、阿仁前田ではオレンジの車両とすれ違った。 米内沢から阿仁川の谷が深くなる。雪解け水だろうか、 澄んだ水が川幅いっぱいに流れている。
 やがて列車は阿仁合の駅に着く。阿仁川の谷にある静かな集落だ。 列車はここで10分停車する。時間があるので駅構内を観察してみる。 駅舎は三角形の形をした立派なものだ・・・と思ったら、実は2階建ての平凡な駅舎で、 そこに三角形の飾りがついているだけだった。 この駅には車両が何台も留置してある。急行「もりよし」に使われる流線型の車両も見えた。
 阿仁合を出ると谷が狭まってきた。このあたりまで来ると、 日のあたらない場所には残雪が目立つ。標高が高いためだろう。 途中、「笑内」という駅がある。「おかしない」と正確に読むのは難しく、難読駅の一つだ。
 比立内でまた交換がある。ここまでが国鉄時代に造られた区間で、 ここから先は国鉄時代に鉄建公団AB線として建設がストップし、 3セクに転換されてようやく建設再開された区間だ。 そのため、造りも立派になり高架が多くなる。トンネルの合間に奥阿仁の駅がある。 川が流れているぐらいであとは何も無いような駅だ。 が、ここから男性が一人乗車して来た。山にでも登っていたのだろうか。 トンネルを出ると、阿仁マタギに着く。狩猟で生活するマタギにちなんだ駅名だ。 確かにこれぐらいの山奥なら色々狩れそうだなという気がする。
 やがて、長い長い十二段トンネルに入る。 トンネルを出ると、戸沢に着く。駅前の畑には残雪が積もり真っ白だ。
 再び川に沿って走り、松葉に着く。ここから先は国鉄時代に開通していた区間となる。
 八津駅の手前で列車は徐行を始めた。放送によると、 このあたりはカタクリの群生地で、ちょうど今が身頃のため徐行するとの事。さっそく見てみると、 線路際の斜面に小さな紫色の花が点々と咲いている。 が、花はまばらにしか咲いておらず、カタクリ自体も雑草みたいな植物であることから単なる荒地に 雑草が生えているようにしか見えない。もう少しすれば一面が紫色になったりするのだろうか。 だが、このカタクリ群生地はちょっとした観光名所らしく、 路上駐車している車やハイカーの姿が見えた。
 9時21分、角館に到着。武家屋敷のある町ということで、駅舎も昔風だ。 桜のシーズンとあって、駅前には観光客の姿が目立つ。せっかくだから武家屋敷を見たいところだが、 駅からは結構遠く、20分の乗り換え時間で往復するのは 不可能そうだった。


まだ雪が残る戸沢駅。

■ 角館9:42発〜雫石10:24着 こまち10号

 盛岡からはこまち号に乗る。こまち号は全席指定席が原則だが、 盛岡〜秋田間は東北新幹線区間と違って他に特急列車が無いため、 特定特急券と呼ばれる券が発売されている。この券を買うと空席に座ることができ、 実質自由席券の代わりとなる。この制度、地元以外では案外知られていない。
 特定特急券を手に列車に乗り込むと、窓際の席が空いていた。 先程乗った秋田内陸縦貫鉄道と別れ、しばらく走ると田沢湖に着く。 田沢湖から先は、幅数mの渓流が流れるだけの無人地帯を進む。 昨日乗った奥羽本線の板谷峠や、仙山線の山越え区間に似た景色だ。 前回この区間を通ったときは秋で、紅葉が見事だった。今回は新緑が綺麗で、 残雪も見られる。こうやって難所をゆっくりと走っていると、 新幹線に乗っている気がしない。今はこれでも、盛岡から先は270km/hで爆走するのだから、妙な話だと思う。
 行き違いのための信号所を過ぎると、長い仙岩トンネルに入る。 トンネルを抜けるとまた信号所があり、その先はまた渓流をうねうねと下る。 難所を抜け、雫石に到着。この先盛岡まで乗っていても良いが、 特急料金を節約するため雫石で下車する。雫石と盛岡の間で角館からの距離が50kmを超えるのだ。

■ 雫石10:29発〜盛岡10:45着

 陸橋を渡り、 隣のホームに停車中の701系普通列車に乗る。標準軌仕様の車両で、701系一族にしては珍しく 一部の座席がクロスシートになっている。雫石始発の列車だが、 車内には盛岡に向かう人がそこそこいた。途中駅でも人を集め、盛岡着。
 盛岡駅は構内が改装され、階段の位置などが大きく変わっていた。 勝手の分からないまましばらく構内をウロウロした。階段を降りると、 階段の下にいる車掌さんに「乗るの?」と呼ばれてしまった。 ちょうど本数の少ない山田線の列車が発車しようとするところだったようだ。 盛岡では駅弁を仕入れようとしていたのだが、在来線の構内には売っていないようだ。 しかも手持ちの乗車券は角館から花巻までなので100kmに満たず、途中下車できない。 盛岡で乗車券を分割しておけばよかったなどと後悔していると、 新幹線改札の中に駅弁売り場を発見した。駅員さんに頼むと、 新幹線改札内に入って駅弁を買ってきて良いとのことだったので無事購入できた。


標準軌の田沢湖線仕様の701系。

■ 盛岡11:22発〜釜石13:35着 はまゆり3号

 盛岡からは釜石行きの快速に乗る。車両は元秋田リレー号のキハ110×4連で、 自由席も車内は特急並みのリクライニングシートとなっている。 ゴールデンウィークではあるものの、2連の自由席は空いていた。
 盛岡を発車すると、東北本線を無停車で一気に南下し、花巻に到着。 花巻からは方向転換し、いよいよ釜石線に入る。列車は田畑の間を進み、 北上川を渡ると新花巻に着く。新幹線の高架の下にちょこんとホームがある。 そんなちっぽけな駅ではあるが、ここから乗ってくる乗客の数は多く、車内はにぎやかになった。
 新花巻を出ると、線路は主に猿ヶ石川という川に沿って 進んでいく。同じ岩手山地越えをする山田線はずっと人気のない山中を進むのに対し、 こちらの釜石線は長閑な山村を進んでいく。 沿線人口もこちらのほうが多いのだろう。列車の本数も釜石線のほうが圧倒的に多い。
 特急型車両にせっかく乗ったのだからということで、駅弁を開ける。 今度は「九戸政実弁当」。歴史に詳しくないのであまり聞いたことのない名前だが、とにかく昔の武将らしい。 中身はおにぎりとおかずの2段に分かれており、「伊達政宗弁当」から続く「武将シリーズ」(?)駅弁の標準的な仕様だ。 味の方は期待を裏切らないものだった。伯養軒のこの手の弁当はどれも出来が良い。
 駅弁を食べながら、長閑な車窓を見ているとあっという間に遠野に着いた。 遠野は沿線最大の都市である上、河童伝説や遠野物語の影響で観光地化が進んでいる影響もあるのか、降りる客が結構多い。 半分近い客を降ろして発車する。しばらくまた農村風景の中を走った後、 長いトンネルに入る。ここから線路は複雑なルートで北上山地の難所を越えていく。 まず、トンネルで北上川の水系から陸前高田の方へ流れる川の水系に出る。 ここにあるのが上有住駅で、駅の近くに洞窟があるそうだが 快速列車はあっさりと通過する。さらにトンネルを抜け、今度は釜石湾へ注ぐ水系に出る。 トンネルを抜けると、はるか下の方に線路が見える。 これはこの後走る線路で、列車はΩ型のカーブを描いて高度を下げていく。
 トンネルを抜け、陸中大橋駅を通過すると、 今度は山の上のほうにこれまで走ってきた線路が見える。 スイッチバック路線などではこのような光景を良く見かけるが、 一本の線路でつながっている路線でこのような線形というのはやや珍しい。 列車は川沿いに一気に下り、やがて赤茶けた巨大な人工物が見えてきた。 釜石の象徴である、釜石製鉄所の高炉だ。ここ釜石で宮古行きの列車に慌しく乗り換える。


盛岡駅で購入した「九戸政実弁当」。

■ 釜石13:40発〜宮古14:53着

 今度の列車は単行のキハ100であった。5分の接続ですぐに発車する。 列車はいきなり山へと分け入っていく。太平洋岸の線区ながら、険しいリアス式海岸だけあって線形は複雑だ。 トンネルを抜け、両石で海沿いに出たかと思いきや、 再び山を掻き分けて大槌でまた海沿いへ、また山を越えて浪板海岸で海沿いへと、 とにかくめまぐるしい。
 やがて列車は山田線の名称の由来となった陸中山田に到着。 途中駅で客を降ろし、発車時点では満席だった車内も大分落ち着いてきた。 ここまでは断続的ながら太平洋を望むことができたが、陸中山田からは全く海が見えなくなった。 山中をさまようかの如く進み、津軽石で久しぶりに海が見えると、 間もなく宮古に着いた。
 宮古では1時間ほど時間がある。特にすることもないので、 駅近くにある市場を見に行ってみるが、3時ということもあってもう店じまい状態だった。 仕方ないので、駅前の本屋に入るなど無為に時間を潰さざるを得なかった。

■ 宮古15:49発〜盛岡18:00着

 宮古駅に戻ると、キハ52単行の盛岡行きがホームに停車していた。 宮古駅の構内には今や貴重となったキハ52やキハ58が何両か留置されているが、 大分経年劣化が進んでいるようで傷みが目立つ。 車内は各ボックスが埋まる程度の混雑だ。地元の人が多いが、鉄道マニアの姿も目立つ。
 列車に乗り込むと、宮古で仕入れた弁当を早速食べる。今度のは「海女弁当」。 海女がカニやイカを採るのかという疑問はさておき、 海産物がたっぷりと盛られているあたりが宮古らしくて良い。
 宮古を出発し、三陸鉄道の線路とすぐに分かれる。最初の停車駅の千徳で2人ほど乗ってきた以外、 乗客の乗り降りはあまりない。列車は閉伊川の流れに沿って淡々と進む。 やがて、岩泉線との分岐駅である茂市に着く。以前山田線に乗ったときは、 岩泉線を往復し、夜になってしまった後に茂市より先の区間に乗った。 そのため茂市から先は事実上初乗りである。
 茂市を出ると、いよいよ人の気配が見当たらなくなる。 茂市までの区間は曲がりなりにも田畑や家が車窓に見えたが、 今や川と無人の国道しか見えない。腹帯という妙な名前の駅を過ぎ、陸中川井に着く。 ここ陸中川井は川井村の中心で、駅前にはバスの姿もある。 久しぶりに文明に接したようで何だかほっとする。
 相変わらず無人地帯を彷徨い、川内に着く。 周囲に人気の少ない駅だが、驚いたことに駅員がいる。 ここは交換駅であるため、その要員として配置されているのだろう。 最近は合理化が進み、交換駅であっても無人もしくは委託駅というケースがほとんどであるので、 貴重な光景だ。逆に言えば、それだけ山田線が近代化から取り残されているともいえる。 赤い旗を持った駅員に見送られ、川内を発車した。

 地形はますます険しくなり、渓谷沿いに敷かれた急カーブかつ急勾配な線路をそろそろと進んでいく。 時折見える国道では、乗用車やトラックがこちらを上回る速度でびゅんびゅん飛ばしている。 もともと山田線は、沿線人口は少ないながらも盛岡と宮古を結ぶ都市間連絡の使命があったが、 この線路状態とダイヤではとてもその役目を果たせているとは思えない。何とか生きながらえているという状態だ。 軌道強化をして振り子式の特急でも走らせれば並行するバスと勝負できそうな気もしなくもないが、 そんな話は今のところないようだ。
 やがて列車は、沿線最高地点の区界峠に差し掛かる。いつしか周りの木々は針葉樹に変わり、 周囲には牧場や牧草地が広がる。一足速く北海道に来たような錯覚を覚える。 やがて区界の駅に着き、列車交換を行う。ここにも駅員がいて、発車する列車を見送っている。 区界を出るとトンネルで一気に標高を下げる。しばらくすると、 秘境駅として有名な浅岸や大志田を通過する。当然ながら誰も乗り降りしない。 夕刻になり日も翳ってきた。無人のホームが何だか不気味だ。
 さらに急勾配を転がるように下っていき、山岸へ。このあたりでようやく盛岡に市街に差し掛かったのだろう、 久々に家並みが見えてきた。18時ちょうどに、盛岡着。


懐かしい国鉄型のキハ52。宮古にて。


宮古駅の「海女弁当」。


無人の山間部に突如現れた川内駅。

■ 盛岡18:26発〜八戸18:55着 はやて25号

 今日ここまでは東北地方を彷徨うような普通列車の旅が続いたが、 盛岡からは一転して特急で北を目指す。まずは「はやて」で北を目指す。 先程の「こまち」同様特定特急券での乗車となる。駅弁を買い、適当な空席に座る。 八戸まではわずか30分。しかしその間に、トンネルの合間に見える空がずいぶん暗くなった。
 車内で今日4個目(!)の駅弁を食べる。今度は「前沢牛弁当」。 この弁当は残念ながらイマイチだった。 盛岡駅では他の弁当も沢山売っていたので、この弁当を選んだことを後悔した。


盛岡駅で購入した「前沢牛弁当」。

■ 八戸19:02発〜函館21:54着 スーパー白鳥25号

 八戸に着き、在来線乗り場へと急ぐ。停車しているのは789系「スーパー白鳥」、 JR北海道の特急電車としては始めて八戸まで乗り入れを果たした車両だ。津軽海峡の地図が乗客を出迎えてくれる。 チケットホルダーなど、車内の造作にJR北海道らしさが感じられ、早くも北海道に来たような気分になる。
 もはや日も暮れて何も見えないが、八戸を発車した789系は快調に北上していく。 やがて列車は青森に着き、方向転換する。経験上、ここから空いてくると思っていたのだが、 自由席に乗ってくる客は意外に多く、車内の客はむしろ増えたのがやや意外だった。 海産物の入った白い発泡スチロールのケースを持った客が多く、車内がやや生臭くなった。
 単線の津軽線を抜けると、いつしか青函トンネルに入っていた。 トンネルを抜け、いよいよ北海道へ上陸した。 この区間に乗車するといつも思うのだが、木古内から先の江差線の区間が意外に長く感じる。 やや疲れてきたところでようやく函館に着いた。

 函館に来るのは3年ぶりだが、駅舎が新しくなっていて驚いた。 ホームレスが居座っていたあの古びた旧駅舎と比べると雲泥の差だ。 ホテルにチェックインすると、明日の朝五稜郭に行く時のバスの時刻をチェックしに再度駅前に行く。 さすがに北海道は涼しく、本州向けの薄着ではやや肌寒い。 ここで体を冷やしてしまったせいか、この夜風邪を引いてしまった 。寒気がし、のどが痛くなって目が覚めた。風邪薬を飲んで再度寝たが、 この先が追いやられる。


夜の八戸駅に停車する789系。