沖縄、鉄道のない旅

 いうまでもないことだが、沖縄県は日本で唯一普通鉄道のない県である。 それゆえ、いつも鉄道旅行ばかりの私が沖縄を訪れる機会は非常に少なく、 これまでにわずか2回しかない。 しかも、2回の訪問はどちらも友人や家族と連れ立っての観光旅行であり、一人で訪れたことはない。 鉄道のある九州や北海道は、同じ遠隔地ながらどちらも片手で数えられないほど訪れているのとは対照的である。
 ところが、2010年のゴールデンウィークは沖縄に出かけることになった。 中国・四国の中小私鉄の乗りつぶしや、廃止が噂される中国山地のローカル線に乗りたい気持ちもあったが、 折角の機会なので出かけることにした。
 これまで、このサイトには鉄道を使った旅行記ばかりを掲載してきたが、 今回は初の「鉄道のない旅行記」である。 どんな内容になるかやや不安ではあるが、思いつくままに書いてみようと思う。

目次

2010/4/29

■ 羽田空港14:35発〜那覇空港17:15着 JAL923便

 まずは初日、夕方のフライトで沖縄に飛ぶべく羽田へと向かった。 ゴールデンウィークの初日とあって、羽田空港は混雑している。 普段ならすいすい通れるはずの手荷物検査場でも随分待たされた。
 今回は当然ながら空路を利用するのであるが、 ゴールデンウィークの繁忙期であるのでまともな割引運賃は皆無である。 そこで、株主優待券を調達して株主割引を利用することにした。 最近のJALの会社情勢を反映してか、株主優待券は昔より随分安く手に入った。
 満席のJAL923便に搭乗し、子連れの多い機内で2時間半を過ごす。 最初のうちは江ノ島や富士山、浜名湖などを窓から確認できたが、 やがて太平洋上を飛び続けるようになってしまい見るものがなくなってしまった。早く着いてほしい、と思う。 鉄道ファンでない人は列車の中でこんな気分で過ごしているのだろうか、と思った。


ボーイング744で、沖縄へひとっ飛び。

■ レンタカーでスタート

 ようやく那覇空港に到着し、手荷物を受け取ると17時40分頃となっていた。 これからレンタカーを借りるべく送迎バスでレンタカーの営業所へ向かう。 バスの車内ではレンタカーの申込書を渡され、車中で記入しておくよう指示があった。 無駄な移動時間を有効活用する合理的な策だと思う。
 バスで15分かけて豊見城市内にある営業所に到着し、ようやくレンタカーを入手する。 車に荷物を積んだりしているうちに時刻は18時半、もう暗くなり始めている。 さっそく今日の宿泊地へと向かうべく移動を開始する。 まずは豊見城と那覇を結ぶ国道331号線を進む。 那覇市内を横断する国場川を渡ると、国道58号線に入る。
 那覇というと渋滞がひどいことで有名で、 しかもそのメインストリートである58号線となると物凄い渋滞なのだろう、と覚悟していたのだが、 案外すいすいと流れている。3車線の広い道路はまるで都内の環七や環八のようで、 沖縄に来たという感じはしない。


那覇空港ではシーサーがお出迎え。

■ 初日の宿へ

 高規格な道路をひた走るうちに、車は宜野湾市に入った。 今日はこの宜野湾市にある「ムーンオーシャン宜野湾」に宿泊する。 このホテル、つい最近開業したらしいのだが、エントランスには噴水があり、 ロビーも非常に綺麗である。部屋もとても広くて驚いた。 設備だけ見れば一級のリゾートホテルとして通用しそうなのだが、 いかんせん宜野湾という場所は観光地から遠く、場所が悪いと思う。 そのせいか、連休というのに宿泊客もあまり多くなかった。 近くにコンベンションセンターがあるので、そちらの利用を当て込んでいるのかも知れない。
 ホテルのレストランで夕食を摂った後、ホテルの周りを歩いてみる。 はるか沖縄まで来たはずなのだが、気温は東京とあまり変わらない気がする。 肌寒くて長袖のカーディガンが手放せない。
 ホテル周辺はごく普通の住宅地で、すぐ近くにはスーパーもあった。 スーパーを除いてみると、野菜売り場にはゴーヤーとヘチマが山積みになっている。 ゴーヤーはともかく、ヘチマというのは意外だった。どう料理するのだろうか。 他にも、紫色のういろうのような餅菓子や、聞いたことのない名前の魚なども売っていて、 見ていて飽きなかった。


沖縄のスーパーではゴーヤーとヘチマが山積み。

2010/4/30

■ マングローブの林

 翌朝、バイキングの朝食の後ホテルを出発する。 まずは沖縄道の西原インターを目指して宜野湾市内を進む。 通勤時間帯のためだろうか、主要道を走る車の数は非常に多い。 運転の仕方も、本土に比べてやや荒っぽい感じがする。
 やがて沖縄道に入り、一路北を目指す。既に連休に入ったものの、心配していた渋滞もなく順調に進む。 途中、伊芸サービスエリアで休息する。このサービスエリアからは東海岸の海と、伊計島などの島々が見通せる。 そんな景色を眺めていると、突如機関銃を撃つけたたましい音が聞こえてきた。 このサービスエリアのすぐ横が、米軍の演習場になっているようだ。 こんなところで早くも「基地の島」を実感する。
 ふたたび高速を走り、宜野座インターで下車する。 阪神タイガースのキャンプ地として使われているという立派な球場や室内練習場の脇を抜け、 北上する。このあたりはあまり集落もなく、緑の濃い密林と砂浜とが続く国道329号線を進んでいく。
 この国道の沿線の辺野古という町に、今ニュースで騒がれている「キャンプ・シュワブ」がある。 人口密集地の普天間から、過疎の辺野古に基地を移すというのは確かに合理的ではあるが、 このあたりに住んでいる人が納得するはずもなく、沿道には「基地反対」の看板が多数見られた。
 国道331号線に入り、引き続き田舎びた道を進む。途中に突如現れたリゾートホテルを見つつ進み、 慶佐次という集落に着く。ここには天然記念物の「ヒルギ林」がある。 ヒルギとはマングローブのことで、みると川沿いには立派なマングローブ林があった。 折りしも引き潮でマングローブの根元は露出しており、地面には無数のシオマネキがうごめいている。 ムツゴロウのような生き物もいる。この集落にはたまたま立ち寄ったのだが、 日本でこんなマングローブの林にめぐり合えるとは思わなかった。


期せずして立派なマングローブの林を発見。

■ 自動車で島巡り

 再び北上し、今度は内陸部を横断して西海岸に出てみる。 通過している東村は「パインの町」を自称しており、確かにパイナップルの畑が目立つ。 西海岸に抜け、国道58号線を少し北上すると、「道の駅おおぎみ」がある。 この道の駅の目の前にはかなり大規模な砂浜があり、白砂とエメラルドブルーの海水が目に入る。 いかにも沖縄らしい風景に接し、しばし見とれてしまった。
 しばらく海を眺めた後、今度は58号線を南下し、古宇利島という離島を目指す。 まずは短い橋を渡って奥武島という小さな無人島に入る。 この島は人は住んでいないが、沖縄式の独特な墓がいくつもある。 沖縄式の墓は本土のものと比べて非常に立派で、人が中に入れそうなほどだ。 奥武島を抜け、今度はやや長い橋で屋我地島という島に入る。 この島は比較的大きく、島内には広大なサトウキビなどの畑が広がっている。
 しばらく島の内を進むと、古宇利大橋という橋に差し掛かる。 この橋はこれまでの橋に比べてかなり長く、エメラルドグリーンの海を見下ろしながら2kmほど海上を進む。 この古宇利島はウニが名物らしく、ウニ丼を出す店がある。そのうちの1軒に入り、 ウニ丼と豆腐チャンプルーを注文する。 ウニの漁期は夏らしいのでおそらく冷凍ものなのだろうが、沖縄でウニが食べられるとは思わなかった。
 その後、一旦車を止めて古宇利大橋の上から海を眺める。 水の透明度が非常に高いので、海底の地形が手に取るようにわかった。


訪問2日目にして早くも綺麗なビーチを見られた。


エメラルドブルーの海に浮かぶ古宇利大橋。

■ 城巡り、島巡り、そしてトラブル

 古宇利島から本島に戻り、今度は本部半島の北側を走る国道505号線を進む。 小集落の点在する道を進むと、今帰仁の集落に出る。 ここはそこそこ大きな町で、銀行の支店などもある。 沖縄本島は結構隅々にまで集落があり、路線バスもそれなりに走っているのが印象的だった。 今帰仁の集落にも、立派なバス停があった。南国の強烈な日差しを避けるためか、 主要なバス停には立派な屋根が掛けられているか、もしくは待合室があるのが特徴である。
 集落を抜けてしばらく進むと、今帰仁城址がある。 ここはかなりの観光地のようで、立派な資料館や売店を備えた駐車場があった。 連休とあって観光客で賑わっており、駐車場は満車に近かった。
 駐車場に車を入れ、さっそく城見物をする。 入り口の近くには崩壊した石垣が放置されており、発掘作業が行われている最中だった。 しばらく進むと、石で組んだ城門が現れた。中に進むと、 だんだん城の全貌が分かってきた。この城は急な崖に囲まれた山の上に建てられた山城で、 かなりの数の石を使って石垣を築いているようだ。 この城の石垣は本土の城のように直線的ではなく、やや波を打っているのが特徴的だ。 石自体も本土の城のような平らに整形したものではなく、自然そのままの状態に近い石を使っている。 何となく、中国の万里の長城に似た感じがする。
 城跡には、かつて城の中に建っていた住居の跡も見られた。 建物自体はどれも小さく、首里城のような豪壮な建物が建っていたわけではないらしい。 最後に石垣に登ってみた後、城を後にする。
 次に、瀬底島という島に掛かる橋を見物しに行く。この橋は古宇利大橋に比べて長さは短いが、 水面からの高さはより高くて迫力がある。 先程と同じように橋の上まで歩いて、写真でも撮ろうかというところでハプニングが起きた。 デジカメが突如不調になり、出力される画像がいずれも真っ白になっている。 おそらく光量を調節する機能がやられているらしく、何をやっても直りそうにない。 仕方ないので、急遽代品を調達するべく名護市内のショッピングセンターに行った。 電気屋のある街で故障したのは不幸中の幸いだったが、旅行中に突如壊れるのは勘弁してほしいものがある。


本土の城郭とは異なる独特の石垣を持つ今帰仁城址。

■ 高級リゾートホテルの夜

 何とかデジカメを調達し、帰宅ラッシュで渋滞する名護市街を抜けて国道58号線を南下する。 今日の宿泊地は、名護市南方の部瀬名岬という小さな岬に建つホテル「ザ・ブセナテラス」である。
 このブセナテラスは、2000年の九州沖縄サミットで使用された高級リゾートホテルである。 普段は宿にあまり金をかけず、5000円そこそこのビジネスホテルを渡り歩く私であるが、 この日ばかりはかなり奮発をしてこのホテルに宿泊することにした。 この旅行最大のお楽しみといってもいい。
 正面玄関からロビーに入ると、正面には一面に海が広がっている。 ロビーは吹き抜け構造となっていて、南国らしい開放感がある。 海沿いのソファーに案内され、チェックイン。その間にもウェルカムドリンクが提供される。 鉢植えの並ぶ廊下を通って、部屋へと案内される。 部屋は非常に天井が高く、天井にはシーリングファンが回っている。 バルコニーには椅子が置かれ、ホテルのプールと庭、その向こうには海が見える。 天気が良ければ、海を眺めながらくつろぐことも可能だ。 バスルームも広く、もちろんアメニティも充実している。
 しばらく部屋でくつろいでいると、日が暮れてきた。 この日は曇っていて夕日は見えなかったが、テラスから綺麗な夕日を楽しんだ。 日が暮れた後、ホテル内を散策に行く。 ロビー近くの広場では、サックスの生演奏が行われている。 また、ロビーのあたりにはしゃれた土産物店があり、お菓子から日用品、衣類、ガラス細工などが売られている。 どれもそれなりに高いが、大事な人への土産物には良いかもしれない。
 19時半となったところで、予約していたレストランへ行く。 この日の夕食はバイキングであるが、これまた普通のバイキングとは違った。 まず、座席の一部はテラス席となっていて、海を臨みながらの食事ができる。 コーナーによって前菜、サラダ、肉料理、魚料理と明確に分かれており、 自分なりに考えて皿に盛ることでコース料理のように楽しむことができる。 ローストビーフやオマール海老の調理実演コーナーもあり、作りたての高級料理を味わえる。 ブルーチーズや生ハム、シュリンプカクテルなどお酒のつまみも充実している。
 料理をたらふく食べたところで、デザートに移る。 ケーキは5種類ほどあるが、どれも洋酒などを使った大人の味で、 バイキングにありがちな甘いだけのものとは一線を画している。 最後は黒糖や紅イモのアイスを楽しみ、大満足で店を出た。 腹ごなしに夜の浜辺を散策して就寝する。


ホテルのベランダから見える夕日。

2010/5/1

■ 満喫、ブセナテラス

 翌朝、早起きをしてホテル内を散策する。 この日は天気も良く、滝や噴水をふんだんに配した中庭や、海辺の道を散策すると気持ちいい。 朝食もバイキング形式であるが、パンケーキやオムレツを目の前で焼いてくれる。 パンも10種類近く準備され、いくつか食べてみたがどれも焼きたてで美味しかった。 サラダの棚にあるチーズはコクのある高級そうなもので、大人の味である。 高級ホテルだけあって料理はどれも大人向きに味付けられているが、 周りの客層を見ると子供もそれなりにいた。
 そんな高級料理を狙ってか、レストラン周辺をカラスが徘徊しており、 隣の席の人は席に放置していたパンケーキを奪われる憂き目に遭っていた。
 食事を終え、再び散策に出かける。浜辺を歩いた後、館内の連絡バスで岬の先端に移動する。 ここからグラスボートに乗ることができるというので、乗ってみる。 沖縄の海は遠浅である、と聞いていたが、浜からかなり離れても水深はかなり浅い。 100mぐらい離れたところで、珊瑚礁の隙間のリーフに到着した。 リーフは魚の棲家となっており、いろんな熱帯魚が見られる。 青いヒトデやウニ、中にはウミヘビも見られた。
 ガイドの話によると、このあたりの珊瑚礁はほとんどが死んでしまっているらしい。 陸からの流砂の影響だそうだが、このリゾートホテルを建設した影響もあったのだろうか、 と考えてしまった。
 船を下り、今度は海中展望塔というのを見る。 これはガラス張りの筒を海中に沈めたもので、天然の水族館として楽しめる。 見てみると魚の種類はかなり多く、10種類ぐらいはいるのではないだろうか。 見ているとかなりの大群が群がっている場所もあり、 なかなか多くの魚がいるものだな、と感心して外に出てみると、 係の人がバケツを持って帰っていくのが見えた。どうやら、上から餌を撒いて魚を寄せているだけのようだった。
 そうやって館内を満喫した後、ホテルをチェックアウトする。 チェックアウトの後、ホテルに隣接する万国津梁館というコンベンションホールを見る。 ここはサミットの会場となった施設である。 海沿いの庭には、沖縄にサミットを誘致しながらも開催を迎えることなく死去した小渕元首相の銅像が建っていた。


ブセナテラスの中庭にはプールが配置されている。


ベランダには花が咲き乱れる。

■ 海中道路と基地

 ホテルを出て、許田インターから沖縄道に乗って南へ向かう。 沖縄北インターで降り、うるま市の市街地を進む。 沖縄本島の東部は目立った観光地はさほどなく、どんなところかあまり分かっていなかったのだが、 車で通ってみるとそこそこの市街を形成しており、案外人口も多そうだ。 こうやっていろんなところを回ってみると、 名護市より南の沖縄本島には結構まんべんなく人が住んでいるということが分かってきた。
 うるま市の市街を抜け、与勝半島の海沿いを進む。 しばらく進むと、海上を進む長い道路が目に入った。 この道路は「海上道路」と呼ばれ、本島と平安座島、伊計島といった島々とを結んでいる。 ただし、この道路は昨日の古宇利大橋などとは違って橋ではなく、 浅瀬を埋め立てて作っている。 そのため、道路の途中に広大な駐車場や立派な道の駅がある。 休憩のために駐車場で車を止めてみると、周囲はレンタカー以外の車が圧倒的に多い。 マリンレジャーやキャンプを楽しむ地元の人たちが多くやってきているようだった。
 海中道路を渡り終え、浜比嘉島という島へ橋で渡ったところで折り返す。 来た道を戻り、今度は沖縄本島を横断して読谷方面に向かおうと思う。 沖縄道をくぐって県道を進むと、目の前に広大な基地が見えてきた。 これは米軍の嘉手納基地で、滑走路や管制塔を外から望むことができる。 基地の門からは、多数の米軍関係者の車が出入りしている。 何かと槍玉に挙げられている米軍基地だが、 軍関係者を相手に商売をしている人も多いはずで、 基地がもし無くなってしまうとそれはそれで困る人も出てくるのだろうな、と考える。
 基地を抜けたところにある「道の駅かでな」で、遅い昼食を食べる。 「おかず」というメニューを注文すると、ポークの入った野菜炒めが出てきた。 沖縄ではどこの食堂にでもあるポピュラーなメニューらしい。 席からは嘉手納基地の内部を望むことができる。


この日の昼食の「おかず」。

■ 西海岸の断崖を見る

 再び国道58号線に入り、今度は北を目指す。 少し進んだところで左に折れ、読谷村内を北西へと進む。 沿道には、またも米軍基地がある。この読谷村内は立て看板が多く、 「嘉手納基地への機能移設反対」とあった。こうやって見てみると、 普天間、嘉手納、辺野古が三者三様の主張をしており、これを調整するのは生半可なことではなさそうだ。
 やがて、読谷村の北端である残波岬にたどり着く。 この岬にはリゾートホテルがあるほか、岬の先端に灯台が建っている。 200円を払うと灯台の頂上まで上ることが可能で、折角だからと上ってみることにした。 かなり急な階段を上り、最後ははしごのようなものをよじ登って、ようやく頂上にたどり着く。 頂上からは岬周辺が手にとるように見渡せる。 西側は一面に青い海が広がっていて、水平線が丸くなっているのが分かる。 また、東側には10mはあろうかという断崖が延びている。 沖縄に来て以来、海岸線というとビーチや港湾ばかりを見てきたので、こういう表情もあるのかと思った。
 再び58号線に戻って北上する。恩納村に入ると、沿道には大きなリゾートホテルがいくつも見える。 そんな「リゾートホテル銀座」を進むうち、万座毛に到着する。 連休に入って観光客が増えてきたせいか、駐車場はかなり混んでいて、しばらく待ってようやく駐車できた。
 万座毛は、先程見た断崖をもう少し大規模にしたようなもので、断崖の真上から海面を眺めることができる。 この辺の岩はかなり侵食されやすいらしく、波で削られてしまっている。 岩が削れて象の鼻のような形になっている箇所もあり、 ガイドブックにも掲載される名所となっている。
 一通り眺めたところで58号線を南下し、本日の宿泊先である「リザンシーパークホテル谷茶ベイ」へ向かう。 このホテルも恩納村のリゾートホテルの一角を占めているが、 昨日の宿と比べて料金がお手軽な分、施設もやや見劣りする。 加えて連休とあって子連れ客が非常に多く、子連れでない客を見つける方が難しいほどだ。
 ただ、この宿にもいい点はある。それは海からの距離が非常に近い点で、 大きなガラス張りのロビーから見える東シナ海は見事だし、客室からも間近にビーチを望める。 思い切りビーチではしゃぎたい家族連れには最適なホテルだろう。 夜は万座毛近くの飲食店で夕飯を食べ、就寝する。


残波岬の灯台から見える断崖。


こちらは万座毛の断崖。ごつごつとして荒々しい崖だ。

2010/5/2

■ ニライカナイ橋と斎場御嶽

 翌朝、バイキングの朝食を食べた後、ホテルを出発する。 石川ICから沖縄道に入り、南下する。連休の真っ只中とあって北上する車は多い。 美ら海水族館など、北部の観光地に向かうのだろう。 いっぽう南下する車は多くなく、南風原北ICに到着。 しばらく高速道の側道を走った後、東に向かう。
 まずは南城市の住宅地を進む。 中には黄土色の瓦を乗せた沖縄風の古い民家も目立つ。 これまで沖縄本島をいろいろ巡ってきて気付いたのだが、 比較的新しい家でも本土とは違う特徴があるのだ。 まず、ベランダの柵が丈夫なコンクリート造りになっている点。 本土だとアルミ製の柵をボルトで止めている家が多いのだが、そういうのはほとんど見なかった。 おそらく台風対策だろう。また、商店の看板も本土のように板を貼り付けているのではなく、 ペンキで壁に直接書いている店が多かった。
 そんな道を走り、自衛隊の基地や刑務所の前を過ぎると、 目の前にいきなり海が広がった。ここが県道に架かるニライカナイ橋である。 この橋は海沿いの平地と台地の上とを結んでおり、勾配を稼ぐために根室本線の狩勝峠のごとくS字カーブとなっている。 狩勝峠同様景色はすばらしく、橋からは海がよく見渡せる。 一旦橋を走り終えた後、再び橋の上部に戻る。 橋の上部には展望台があり、橋の全貌を撮影することができた。
 再び橋の下の平地に降り、今度は斎場御嶽という観光地を目指す。 連休に入りここも観光客で混んでいて、斎場御嶽の目の前の駐車場には入れず、 仕方なくやや離れた市の施設の駐車場に車を止めた。
 斎場御嶽は、昨日見た万座毛を山の上に持ち上げたような地形になっており、 波で削られてできたであろう断崖が山の中にそびえ立っている。 崖の下部は人為的に削られ、祭祀で利用されたのだそうだ。 中には岩がV字状に折り重なり、洞窟のようになっている箇所もあった。


ヘアピンカーブを描くニライカナイ橋。

■ 本島南部を進み、ゴール

 斎場御嶽の見物を終え、昼食を食べに向かう。 この日の昼食は沖縄そば。沖縄そばというと、もっともポピュラーな沖縄料理であるが、 意外にもこの旅行では初めて食べた。そばの他に「ジューシー」という炊き込みご飯も付いていた。 かなり油を含んでおり、中華ちまきの中身だけを取り出して茶碗に盛ったような感じだ。
 食事を終え、海沿いを走る国道331号線を西に向かう。 海沿いといってもこのあたりは海岸線が入り組んだ地形となっており、道から海面が見える箇所は少ない。 しばらく走って糸満市に入ると、平和祈念公園がある。 このあたりは沖縄戦で米軍が最初に上陸してきた場所のようで、 戦災の犠牲者を弔う碑が多くある。 その中でもっとも有名なのが「ひめゆりの塔」で、観光バスも乗り付けていた。 それにしても、塔の周りにはド派手な土産物屋がいくつも建っていたのが気になった。 塔の趣旨を考えると、もうちょっと静かにしておいた方がいいのではないかと思う。
 やや時間が余ったので、沿道にある「琉球ガラス村」というのに寄る。 観光客がいっぱいいるので何か面白いものがあるのかと思ったが、 ガラス細工を沢山売っているだけの所で、結局暇つぶしにもならなかった。
 再び331号線を北上する。進むにつれ沿道の風景はサトウキビ畑から住宅地に変じ、 糸満市内では渋滞に巻き込まれた。それでも時間には余裕があり、 16時過ぎにはレンタカー屋に到着した。


昼食の沖縄そばとジューシー。

■ 鉄道の痕跡を求めて

 レンタカーを返却した後、送迎バスで那覇空港へ向かう。 那覇空港からゆいレールに乗り、那覇市の中心街にある県庁前駅で降りる。 今日はこの県庁前駅近くのホテルに宿泊する。
 時間が余ったので、近くにある那覇バスターミナルに向かう。 このバスターミナルは那覇を発着するほぼ全てのバスが通過する、 沖縄の路線バスの「心臓部」といっていい場所である。 また、かつてこの場所は沖縄の鉄道のターミナル駅で、 県内各地へ向かう列車がたむろしていたという。 鉄道の痕跡は全て戦争で破壊され残っていないが、バスターミナルに変じて交通の要衝としての立場を守っている。
 ターミナルビルは古びていて、昭和の色香を残している。 バス乗り場には古びたフラップ式の行き先案内板があって、 もう使っていないのかと思いきやちゃんと稼動していた。 沖縄の路線バスは、那覇から国道58号線を経て名護に向かうものなど、 本土の都市部では絶滅した長距離の路線がごろごろ存在しており、 一度乗ってみたいものだと思う。
 ホテルに戻り、地元の居酒屋での夕食の後、お土産を物色すべく国際通りを何度も往復した。 夜だというのに国際通りは大渋滞しており、冗談抜きで車を降りて歩いた方が早いという状況だった。


沖縄本島のバスの心臓部、那覇バスターミナル。


国際通りの入り口にもシーサーが。

2010/5/3

■ ハーリー見物

 翌朝、朝食後引き続き国際通りをぶらぶらする。 沖縄では数少ない百貨店である三越に入ってみたが、街の規模の割にかなり小さな店であった。 国際通りは今や観光客だらけだし、やっていけるのだろうかと思う。
 一通り買い物を終えたところで、タクシーで泊港に向かう。 何でそんなところに行くかというと、この日から3日間「那覇ハーリー」というお祭りが行われるからである。 ハーリーとは、30人乗りぐらいの大きなボートを使った漕艇競技で、 連休の3日間に渡って開催される。この祭りは以前も見に来たことがあり、 その時は「本バーリー」といって那覇の各地区の代表が争うメインレースを見た。 今回は初日とあって中学・高校生のレースだったが、 父兄も多数集まっていかにも地元のお祭りという感じがした。
 この祭りの面白いところは、ただ単にレースばかりをやっているだけではなく、 他にもいろんなイベントが行われている点だ。大きなステージでは沖縄民謡のショーをやっていたり、 会場の一角では相撲大会が行われていたりする。夜には花火大会もあるらしく、 各人がそれぞれ自由に楽しんでいるところが沖縄らしい。
 また、お祭りだけあって屋台も多数出ている。 本土の屋台というと1つの料理に特化した形態をとっているのがほとんどだが、 沖縄の屋台は一味違う。お好み焼き、たこ焼き、焼きそば、タコライス、タコス、焼き鳥、フライドチキン、ホットドッグ、 沖縄そば、スペアリブ、カキ氷、レモネードと、料理のジャンルを問わずとにかく何でも売っている。 その分一軒の店の間口は広く、奥には椅子があって買った商品を食べられるようになっている。
 見ていて面白いので、ある店でフライドチキンや焼きそばを買って食べることにした。 食べていると、隣の客が「ヤギ汁」というのを注文した。 しばらくすると、マトンのような強烈な匂いを放つ汁物が運ばれてきた。 丼の中には、煮込んでボロボロになった肉が浮かんでいる。 どうやら本当にヤギの肉を煮込んだ料理のようだ。
 食事を終え、帰りはバスで県庁前まで戻る。 沖縄のバスは全体的に年季の入った車両が多いが、今回乗ったのもなかなか古そうな車両だった。 しかも本土では標準的な、バス停名を表示するLED式の表示機もなかった。 バスを降り、しばし喫茶店で休憩した後、ゆいレールで空港へ向かう。


多くの人で賑わうハーリーの会場。屋台の造りも独特だ。


大きなドラゴンボートが速さを競う光景は勇壮だ。

■ 那覇空港18:00発〜大阪空港19:55着 JAL923便

 5日間いた沖縄をいよいよ離れる時が近づいてきた。 やはり本土とは違う独特の文化、雰囲気があって、ここは日本であって日本で無いんだとの思いを強くした。 綺麗な海が見られ物価も安く、一度住んでみたいなという気もするが、 ここに骨をうずめられるか、と問われるとちょっと厳しいんではないかな、と思う。 というのは、端から端までわずか数時間で行けてしまう程度の大きさの島にずっといる閉塞感のようなものを、 この数日で感じたからだ。広い広い関東平野に住み、 新幹線や高速道路を使って都市から都市へと渡り歩くことを当たり前のように受け入れてしまっている私には、 そんな閉塞感に何十年も耐えられる自信は無い。鉄道もゆいレール以外ないことだし、 やっぱり定住は無理だろうな。
 観光客で混雑する手荷物検査場を抜け、飛行機に乗り込む。 ただ、行き先は羽田ではなく、伊丹空港である。 この機会に大阪に立ち寄り、実家に帰省をするつもりだ。
 那覇空港を飛び立ち、太平洋上を飛ぶうちに日が暮れてきた。 沖縄滞在中は結局見られなかった、見事な夕暮れをここにきて見ることができた。 やがて窓の下に関西の街の明かりが見えてきた。梅田のビル街を確認すると、程なく伊丹空港に着陸。 今回は手荷物を預けなかったので、着陸後すぐにターミナルビルの外に出られた。
 南国から帰ってきたはずなのだが、気温の差はあまり感じなかった。