四国完乗

 これまで日本各地を旅行し、しかも四国に程近い関西に長い間住んでいながら、 四国を訪れたことはわずか2度しかない。列車での訪問となるとわずか一度で、 しかもその時は瀬戸大橋を渡りたいと岡山から坂出まで往復したのみであり、 実質四国の鉄道は手付かずといっていい状態だった。
 そこで、ゴールデンウィークの休暇を利用して、 四国のJR全線乗りつぶしをやることにした。四国はそう広くないし、丸2日あれば余裕で全線乗車が可能だ。 行きは寝台特急サンライズを利用し、 帰りは大阪の実家に向かうことにしたので、昼間はほぼ乗りつぶしに費やすことができ、 いつもよりは余裕のある行程となった。

目次

2003/4/28

■ 横浜22:24発〜高松7:26着 5031M サンライズ瀬戸 285(7)

 深夜の帰宅ラッシュが続く横浜駅にやってきた。 東海道線の下りホームからは、帰宅客を乗せた通勤電車が続々と発車していく。 そんな旅情も何もないホームであるが、大きなかばん等を持った客が何人かいて、 これから長距離列車がやってくることを予感させる。
 しばらく待つと、通勤電車とは全く異なる様相のクリーム色の電車が入線してきた。 今や日本で唯一の「寝台特急電車」サンライズである。 側面の字幕はJR西日本独特のものであり、西からやってきた車両であることが容易に分かる。
 列車が到着すると、指定された10号車に乗り込む。 今夜の宿はB個室寝台「ソロ」というタイプの寝台である。 この寝台はカプセルホテルのような構造となっていて、中央の廊下を挟んで上下2段の個室が続いている。 そのため入口部分を除いて天井は低く、ベッド上で立ち上がることはできない。 ドアのキーは他の列車の個室寝台と異なり、4桁の暗証番号を指定する形となっている。
 なお、この「ソロ」はサンライズでは主流ではなく、 「シングル」という若干値段の高い個室の方がずっと数が多い。 「シングル」部分は廊下を含めた客室全体が2層構造となっており、個室内全域で天井の高さが十分確保されている。 個人的には居住性は「ソロ」と大して変わらない気がするが、「ソロ」の場合床下にモーターが付いているので、 静粛性という面ではやや劣るかもしれない。
 この他、2人で利用できるように2段ベッドになった個室や、モニタや机の付いたA個室などもある。
 前置きが長くなったが、一通り車内の探検を終えると、浴衣に着替えて横になる。 「ながら」利用の時と同じく、熱海ぐらいまでは起きていたが、その後あっさり寝てしまった。
 翌朝、目が覚めると岡山駅の手前だった。しばらく横になってぼんやりしていると、 程なく岡山に停車した。この駅では「出雲」編成と「瀬戸」編成を切り離す。 面倒なので切り離し作業は見に行かなかったが、 切り離しにはさほど時間は掛からず、少し停車しただけで岡山を発車した。
 岡山を出てしばらくすると、列車は一面の田んぼの中を進む。 このあたりの線路は相変わらず単線だ。今は早朝なので特に支障はないが、 ラッシュ時などは列車密度が高くなり支障をきたしているという。 どうせ周囲は田んぼなので、せめてこの辺だけでも複線化できないものかと思う。
 しばらく単線を進むが、茶屋町からは立派な複線の線路を進む。 いくつかトンネルを抜け、本州最後の駅である児島を過ぎると、いよいよ瀬戸大橋に差し掛かる。 橋の上からは、周囲の島々や海面、あるいは海を行き交う船が小さく見える。 今渡っている橋は恐ろしく大きな人工物であるわけだが、 車窓の風景は意外にそれほどすごいという感じはしない。 おそらくスケールが大きすぎて、感覚が麻痺してしまっているのだろう。
 橋を渡り終えると、いよいよ四国上陸である。コンビナートなどが並ぶ埋立地をしばらく進み、 宇多津方面に向かう線路と分岐した後、予讃線に合流する。 程なく、坂出に到着。前回はここまで来たので、ここから先は全ての線区が「未知の区間」となる。
 坂出を出ると、終点の高松は近い。駅の数も多く、各駅では通勤通学客が列車を待っている。 7時26分、時刻どおり終点の高松に到着した。身支度をして、下車する。


初めての「サンライズ」に乗って一路四国へ。


一晩の旅を終えて高松駅にたどり着いた「サンライズ」。


高松駅には四国各地に向かう車両が集まる。写真は8000系特急。


本州の211系などとそっくりな前面を持つ6000系電車。


こちらは単行運転も可能な7000系電車。


JR東日本から転属した113系はものすごい塗色に。


当時快速マリンライナーで使用されていた213系電車。


主にローカル線で使用される1000系気動車。

■ 片原町〜高松築港 高松琴平電鉄

 高松駅は、函館駅や青森駅と同じ頭端式ホームの駅である。 よくよく考えると、これらの駅はいずれも航路と連絡する駅である。 高松駅も、近年の改築で宇高連絡船と連絡していた頃の面影はないが、 頭端式ホームに当時の痕跡が残っている。
 通勤通学客で賑わう改札を出て、朝食を摂りに市街に出た。 高松といえば、いうまでもなく讃岐うどんの本場であり、一度食べておきたいと思っていた。 一応駅の立ち食いうどんもあるが、どうせなら市中の店に、と思い店を探しに行った。 とりあえず駅前に一店舗を見つけたが、それはとりあえず無視して駅南の商店街を歩いた。 だが、早朝だけに店が全く開いていない。学生が自転車に乗って通り過ぎるのみである。
 結局商店街を歩いたのみで、琴電の片原町駅まで来てしまった。 そこで、電車で高松駅に戻ることにした。しばらく待つと、緑と白のカラーリングを纏った電車がやってきた。 割と新しい車両だが、新車ではなく名古屋市営地下鉄の中古車である。 電車に乗り、高松城のお堀を進み終点の高松築港駅に着いた。 この駅はJR高松駅の目の前だ。
 結局、朝食は駅前にあるプレハブ造りのうどん屋で済ませた。 カウンターには天ぷらやおかずが所狭しと並び、目移りしてしまう。 朝の通勤経路上にこんな店があったら、かなりの頻度で通ってしまいそうだ。


改築により近代的な姿となった高松駅。


一駅だけ乗車した琴電の車両。

■ 高松8:20発〜徳島9:31着 63D うずしお3号 2000(5)

 駅に戻り、四国島内最初の列車に乗り込む。最初の列車は、徳島行きの特急「うずしお」である。 「うずしお」は四国の特急でもやや地味な存在で、一部の本州直通を除き高松と徳島の間を行き来するのみである。 それでも車両は新型の2000系が投入され、なかなかのスピードを誇る。
 高松を発車すると、列車は高松の市街を反時計回りに半周しながら抜ける。 しばらくすると市街を抜け、田畑の向こうに小山が見えるという四国らしい光景が続く。 高松から徳島まで、ずっと瀬戸内海沿いに進むはずだが、海が見えたのは讃岐津田のあたりなどごく一部だけだった。 編成が5連と比較的長いせいか車内は落ち着いており、静かな時間が流れる。 夜行明けということもあってやや気だるい。
 やがて地形が険しくなり、香川県最後の駅である讃岐相生を過ぎると、 上り勾配を進む。山林の向こう、はるか下の方にちらちらと海面が見える。
 やがてトンネルを抜け、徳島県へ。今度は下り勾配を駆け下りて吉野川沿いの平地へと向かう。 考えてみると結局、2時間ほどの滞在で香川県を通り抜けてしまった。 今日この後も香川は通過する予定だが、何ともあっけない。
 板野を出ると、あとは平地を進む。吉野川を渡り、徳島線と合流するあたりは線路が複線高架式となっていて、 まるで大都会に戻ってきたような感じがしたが、やがて線路は地平になり、 昔ながらの地平駅である徳島駅に到着した。


四国乗りつぶしは2000系特急でスタート。

■ 徳島9:43発〜海部11:17着 1015D-1533D 剣山4号 キハ185(2)

 徳島からはまたしても特急列車に乗り、牟岐線の乗りつぶしを目指す。 「牟岐線」といわれても、どこを走る路線なのかなかなか県外の人間にはイメージしづらいが、 牟岐は徳島県南部にある都市の名前であり、牟岐線は徳島県東部から南部へと海岸線沿いに進む路線である。
 今度乗車する列車は特急「剣山」。 剣山とは徳島県の西部にある山で一見牟岐線と縁がなさそうに見えるが、 この特急は徳島始発ではなく、阿波池田から徳島線を通って徳島に達した後、 牟岐線に入るという妙な経路をとるのでこの名前が付いている。 まるで往年の急行列車のような経路だ。
 早速やってきた列車に乗り込む。今度は国鉄末期に造られたキハ185系車両である。 四国特急として華々しくデビューしたはいいが、後輩の振り子式2000系に追いやられ、 今では一部が九州に移籍し、一部は普通運用に、そして一部はこうやって細々と特急運用に就いている。 編成は2両編成と短く、ローカル感が漂う。
 徳島を発車し、まずは海岸沿いに列車は南下していく。 途中、南小松島という駅がある。その割に小松島という駅はないのが妙だが、 かつては小松島線という短い支線があって、その終点が小松島駅だった。 昔、和歌山からのフェリーが小松島まで出ていたので、小松島というのは関西では割と馴染みのある地名だ。
 南小松島、阿南を過ぎると、だんだん地勢が険しくなり、山越えが増える。 トンネルと急勾配が連続し、海岸沿いの路線とは思えない。由岐、日和佐と小さな漁港を過ぎて、牟岐に到着。
 徳島からの旅客を下ろし、がらがらとなった特急だが、牟岐からはなんと普通列車となる。 牟岐から先の区間は開業が戦後なので新しく、線路の形もよい。 トンネルを駆使してまっすぐに海岸線を駆け抜け、程なく海部に到着した。
 海部駅は近代的な高架駅ながら、ホーム間の乗り換えには構内踏切を使うという妙な駅だ。 加えて、今来たほうの線路を見ると、線路上に長さ10mほどの筒状の建造物が覆いかぶさり、 その上に何本か木が生えている。調べると、どうやら以前はトンネルだったものが、 土地造成の結果露出してきてしまったらしい。


キハ185系の特急「剣山」。


海部駅の近くにある「元トンネル」。


海部駅構内の踏切から撮影した「剣山」と安佐海岸鉄道の車両。

■ 海部11:23発〜甲浦11:34着 阿佐海岸鉄道 5531D ASA200(1)

 海部からは阿佐海岸鉄道に乗り換える。 阿佐海岸鉄道は全国に散在する私鉄の中でも最も地味な存在といっていい路線で、 駅の数は両端を加えて3つ、東京から遠く離れた徳島と高知の県境にあり、沿線は過疎地である。 この路線は元々、海部から室戸岬を通って高知方面に向かう阿佐線の一部として造られた。 しかし例によって工事は途中で中断し、高知側が土佐くろしお鉄道、徳島側が阿佐海岸鉄道として開業した。 そんな経緯で、この土地にこれほど短い3セク線ができた。
 いかにも3セク線、といった風情のディーゼルカーに乗り込み、海部を発車。 しかしよく考えると、これほど短い線ながら自前で車両を持っているというのもすごいことだ。 車窓はこれまでと大差なく、わずか10分で終点の甲浦に到着した。
 高架の立派なホームから、階段で地平の駅舎に降りる。 甲浦は、まさに「さいはて」といっていい土地で、 木造の駅舎がある以外はわずかな住宅があるのみの静かな土地だった。


阿佐海岸鉄道の終着、甲浦。


甲浦駅の駅名標はイラスト入りで、フォントも妙にポップ。

■ 甲浦11:49発〜奈半利13:37着 高知東部交通

 さて、鉄道線の行き止まりである甲浦まで来てしまった。 幸い、ここからは海岸線を進んで高知方面に向かうバスがあるので、それに乗ることにする。
 しばらく待って、バスに乗り込む。バスはすぐに甲浦の集落を抜け、海岸線を延々と進み始めた。 それにしても、右手には山、左手には海が迫るばかりの何もない土地である。 計画倒れに終わったとはいえ、 こんなところに鉄道を敷くというのは、工事の上でも採算上もかなり無謀といわざるを得ない気がする。
 そんな海岸を1時間ほど進み、ようやく室戸岬にたどり着いた。 ここは観光地でもあり、そこそこの集落もある。久々に人里に戻ってきた気がして、ほっとする。 室戸岬を抜け、その後もいくつか集落を抜けながらバス旅は続いた。 甲浦から路線バスに揺られること2時間弱で、奈半利に到着する。 このバスはこのまま安芸まで向かうが、敢えて奈半利で下車した。


路線バスで鉄道のない室戸岬を抜ける。

■ 奈半利14:02発〜後免15:00着 土佐くろしお鉄道 4839D

 奈半利で下車したのは、2002年に開業した土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線に乗車するためだ。 実はこのあたりに来るのは初めてではない。 高校生の頃、高知市内から奈半利までのあたりを車で旅行したことがある。 その際、建設途中で放置された阿佐線の高架橋を目にし、印象深かったのを覚えている。
 その時見た高架橋が、新しい鉄道路線として日の目を見ることになった。喜ばしいことだと思う。 真新しい奈半利駅に入り、真っ白なディーゼルカーに乗り込む。
 奈半利を発車した列車は、沿線の家々を見下ろしながら真新しい高架橋を進む。 以前見た時は放置された高架橋が随分古びて見えたが、今見る限りではそんな感じはない。 駅は当然ながらどれも真新しく、各駅には独自のキャラクターが駅名標に描かれている。
 途中、球場前という駅がある。このあたりは本当に野球場をかすめるように走り、 阪神タイガースがキャンプで使用する球場の施設が車内からよく見えた。
 さらに進むと、高架上から家越しに太平洋が望めるようになる。 このあたりは景色がよいことで鉄道会社としても売りとしているらしく、 車両の片側をオープンデッキとした、他には例を見ないイベント車両を走らせたりしている。 そんな車窓を見つつ、やがて終点の御免に到着。列車はこの先高知まで直通するが、今回は御免で下車する。


真っ白な前面が特徴のごめん・なはり線車両。

■ 後免15:09発〜丸亀16:48着 48D 南風18号 2000(4)

 御免駅でしばらく待つと、岡山行きの特急「南風」がやってきた。 これからの予定は、「南風」で土讃線の北半分を乗りつぶした後、 特急「いしづち」で松山に向かうことになっている。
 「南風」の自由席に乗り込み、御免を後にする。土佐山田を過ぎると、 列車は土佐平野から一気に山越えへと進む。さまようように山の中を進み、 新改というスイッチバックの小駅を過ぎ、長いトンネルを越えたところでようやく上りきり、 あとは先程下流部を通過した吉野川の支流を阿波池田まで下っていく。
 川下り区間は四国の車窓でも屈指の絶景として知られ、 途中には大歩危・小歩危といった観光地もある。見てみると、 川沿いに平地はほとんどなく、見事な渓流が続いている。 ただし、渓流が余りに険しいので線路は川を何度も渡り、時にはトンネルに入って断崖を回避する。 そのため、ずっと落ち着いて渓流を眺めているという訳にはいかなかった。
 そんな区間を抜け、ようやくちょっと平地に出たかなというところで阿波池田に到着。 阿波池田を出てしばらくすると、90度カーブして吉野川を渡り、さらに90度カーブして急な登りが始まる。 これから徳島と香川の県境にある山脈を抜けるのだ。 先程と同じく、列車はパワフルに勾配を上り、坪尻という山間の駅を一気に通過。 長いトンネルで山脈を抜けると今度は下りにかかり、あっという間に讃岐平野へと戻ってきた。
 琴平を過ぎ、多度津で予讃線と合流して、次の丸亀に停車。 「南風」は丸亀を出ると瀬戸大橋を超えて本州方面に向かってしまうので、ここで下車する。


特急「南風」に乗って再び香川県へ。

■ 丸亀16:54発〜坂出17:02着 168M 121(4)

 今朝は、「サンライズ」で瀬戸大橋を渡って宇多津を経由し、予讃線を高松まで行った。 そのため、丸亀から直接松山に向かってしまうと予讃線の丸亀〜宇多津間を乗り残してしまう。 そこで、普通列車で坂出に一旦向かうことにした。
 ・・・とあっさり書いたが、実はこのあたりの区間は少々ややこしい問題を含んでいる。 瀬戸大橋線と予讃線は、宇多津と坂出の間の区間でデルタ線を形成している。 そのため、今朝乗った経路では宇多津駅のホームを通過することなく本州から坂出まで着いてしまった訳だ。 ただし、線路戸籍上はデルタ線全体が宇多津駅構内に属することになっていて、 本州から坂出に直通する列車(「マリンライナー」等)に乗車した場合、宇多津駅を経由したものとして運賃を計算する。
 私は乗りつぶしの基準として、JR時刻表巻頭の路線図を根拠にすることにしている。 路線図では、瀬戸大橋線と予讃線が宇多津駅で交わるように描かれている。 そのため、今朝の時点で瀬戸大橋線と予讃線の宇多津以東は乗車済みであり、 あとは予讃線の宇多津より西の区間に乗っておけば、このエリアを乗りつぶしたといってよい。
 だが、人によっては「線路が実在する以上、デルタ線の3辺全てを乗りつぶしておかないとダメ」 という流儀の人もいるかもしれない。その流儀によると、 今回の行程ではデルタ線のうち「本州方面〜宇多津」の辺(特急「南風」「しおかぜ」等が通過)が未乗ということになる。
 そんなややこしい区間であるが、乗車自体は普通列車であっさりと終えてしまった。 夕方とあって車内は学生で賑わっていた。


205系にやや似ている121系。


坂出駅にて。一瞬「御注意」行きかと思ってしまった。

■ 坂出17:51発〜松山20:11着 1023D/21D いしづち23号/しおかぜ21号 2000(5+2)

 坂出からは、今日最後の列車である特急「しおかぜ」に乗る。 予讃線特急「いしづち」「しおかぜ」は8000系電車で運転されるのが普通だが、 今度の列車は珍しい宇和島直通便であるため、2000系気動車での運転である。
 2連と短い列車に乗り込み、坂出を発車する。 しばらく走り、宇多津の手前でノロノロ運転となる。この駅で岡山から来た「いしづち」と連結するためだ。 高架の宇多津駅で無事連結を終え、発車。
 土讃線と分岐する多度津で少し停車した後、いよいよ未乗区間に入る。 しかし、ここから日が暮れてきてしまい、車窓は満足に見られなかった。 今回の行程ではこの予讃線だけは夜間に通過せざるを得ず、やむをえない。 振り子を揺らしながら疾走する特急に2時間あまり揺られ、松山には8時過ぎに着いた。
 松山では、伊予鉄道の松山市駅まで歩き、そこから路面電車に乗ってみるなどした。 今回は時間がなかったが、松山市は今度是非一度ゆっくり見てみたいものだ。


「カレーパンマン」の装飾がなされた特急「しおかぜ」。

2003/4/29

■ 松山6:58発〜伊予大洲8:51着 4725D キハ32(1)

 駅前のビジネスホテルをチェックアウトし、早朝の松山駅に向かう。 今日はこれから、予讃線の松山〜宇和島間を乗りつぶすことにしている。 だが、松山から宇和島までの間は途中でルートが二手に分かれており、 単に特急で通過するだけといいというわけには行かない。
 まずは、松山から普通列車で伊予大洲を目指す。祝日の早朝、 しかも松山から離れる方向の列車とあって車内はがらがらだった。 松山を出て、市の郊外をしばらく走り、伊予市へ。 伊予市の次の向井原からは、内子を経由する新線と伊予長浜を経由する旧線とに分かれる。 この列車は伊予長浜経由なので、旧線のほうに進む。
 向井原を出てしばらくすると、目の前に瀬戸内海が広がる。 海との間には狭い道路があるぐらいで、目の前が海といってもよい。 途中の下灘駅などはホームのすぐ下が海で、ポスターなどの撮影地としても有名である。 この景色がある分、旧線経由の方が車窓はよいといわれている。 車内は相変わらずがらがらで、そんな車内から朝の海を眺めていると清々しい気分になる。 早起きしてよかったと思う瞬間だ。
 そんな海沿い区間も伊予長浜で終わり、あとは山の中を掻き分けて進む。 やがて新線と合流し、伊予大洲に到着。典型的な田舎駅といった風情の駅だ。


路面電車が行き交う松山駅前の風景。


レトロな松山駅から今日の旅がスタート。


旧線の普通列車は小柄なキハ32での運転だった。


途中ですれ違った普通列車は、特急用のキハ185を普通用に転用した車両だった。

■ 伊予大洲9:18発〜松山9:56着 1056D 宇和海6号 2000(4)

 伊予大洲でしばらく待ち、今度は新線区間を乗りつぶすべく松山に一旦向かう。 やってきた特急「宇和海」はまたしても2000系気動車だった。
 列車は伊予大洲を出て、新線区間に入る。 新線の一部は、内子線という零細なローカル線を改良する形で建設された。 その関係で、伊予大洲から次の新谷までは予讃線、新谷から内子までは内子線、 内子から先はまた予讃線というように、線名がころころ変わる。
 しかし、車窓の方は特段の変化はなく、新しい線だけあって山々をトンネルで直線的に貫いていく。 結局、あっという間に伊予市まで戻ってきてしまった。 伊予大洲から松山までの所要時間はわずか40分ほどで、 旧線経由の普通列車の所要時間と比べると3分の1ほどだ。
 伊予市で一旦下車してしまってもよいのだが、時間があるので松山まで戻ることにする。

■ 松山10:09発〜宇和島11:26着 1055D 宇和海5号 2000(4)

 松山駅の構内を歩いていると、朝にはなかった駅弁売りのスタンドがあった。 ここで「醤油めし」というのを買う。醤油がひたひたになったご飯・・・が入っている訳ではなく、 いわゆる炊き込みご飯が箱にぎっちりと入っていた。松山駅では歴史ある駅弁だそうだ。
 再び特急「宇和海」に乗り、宇和島を目指す。 伊予大洲を過ぎ、いよいよ予讃線の末端部に入る。 しかし、このあたりは海岸線から遠く離れたところを進むようで、山また山といった景色が続く。 松山から1時間ちょっとで、愛媛県西端の宇和島に着いた。 小高い山の上にある宇和島城が名物で、車窓からもちらりと見ることができた。


2000系で運転される特急「宇和海」。

■ 宇和島11:28発〜窪川13:45着 4840D キハ54(1)

 宇和島ではわずか2分の接続で、予土線の窪川行き普通列車に連絡している。 予土線は四国でも最も奥まった位置にあるローカル線で、 きっと寂れてるんだろうなと思っていたが、単行の列車には結構乗客が乗っており、 座るのがやっとといった状態だった。また、列車の後部にはトロッコが連結されているが、 そちらには誰も乗っていない。
 宇和島を発車し、次の北宇和島で予讃線と分岐する。 北宇和島を出てしばらくは山の中をぐいぐいと登っていく。随分進んだところで、 最初の停車駅である務田に着く。ここから先は、小さな駅にちょこちょこと停車しながら進むため、 やたらと時間がかかる。この区間は戦前に軽便鉄道として開通したため、その名残だろうか。
 のどかな山村を進み、宇和島から一時間ほどで予土線の主要駅である江川崎に着く。 ここからは、割と近年になって造られた区間に入る。 また、いよいよ四万十川との併走が始まり、景色も良い区間だ。 車窓からは川幅の広い四万十川がよく見える。 ただし、四万十川は激しく蛇行しており、 線路は付き合いきれないとばかりに鉄橋とトンネルで蛇行をショートカットして進む。
 やがて、十川という駅に着く。 ここで車内にいた観光客風の乗客たちがいっせいに下車し、トロッコの方へと乗り換えていった。 どうやら、この駅から客をトロッコに乗車させるようだ。
 十川から先はますます四万十川の屈曲が激しくなり、何度も鉄橋で川を渡る。 鉄橋では徐行をしたりして、トロッコの乗客を楽しませていたようだ。 見てみると、列車は四万十川を遡る形で進んでいる。 内陸にある江川崎から太平洋岸に近い窪川に進んでいるのに、である。 四万十川は妙な流れ方をする川で、窪川から江川崎まで内陸へと進んだ後、再び太平洋へと進み中村で海に出る。 そのことを知らなかったので、川の流れる向きには違和感を覚えた。
 家地川を過ぎると列車はトンネルに入り、四万十川から離れる。 トンネルを抜けると、突然別の線路が合流してくる。中村からやってきた土佐くろしお鉄道である。 ここから先、窪川までは土佐くろしお鉄道に乗り入れる。 そのため、予土線を宇和島から窪川まで乗りとおすためには、必ず土佐くろしお鉄道を経由しなければならない。 伊勢鉄道のあたりもそうだが、特定地方交通線廃止の際、国鉄時代の路線名称を杓子定規に適用した弊害といえよう。
 若井という、無人の小さな駅を過ぎると、次が終点の窪川だ。 窪川は山間の小さな駅といった感じで、海には程遠い感じだ。


予土線は清流として名高い四万十川に沿って走る。


普通列車の後尾にはこのようなトロッコが連結されている。


トロッコを牽引するのは普通列車用のキハ54。

■ 窪川13:55発〜阿波池田16:10着 48D 南風18号 2000(3)

 窪川は土讃線という幹線の終端である割には寂しい駅だ。 特急は全列車がこの駅から土佐くろしお鉄道に乗り入れて中村まで行くため、 人の流れ的には終着駅ではないのだろう。
 土讃線の末端部を乗りつぶすべく、すぐにやってきた特急「南風」に乗る。 窪川を出ると、列車は山の中を進む。どんどんと坂を下っていき、 海沿いの須崎へと出る。しかし太平洋を望めるのはこの付近だけで、 再び列車は山の中へと進み、内陸の佐川に着く。
 伊野を過ぎると土佐電鉄の線路が見えた。高知市内では路面電車として走る土佐電鉄だが、 このあたりでは専用軌道で、しかも単線であった。あちらにも一度乗ってみたいものだ。
 窪川から一時間ほどで、高知に到着。高知駅は昔ながらの地平駅だ。 高知にやってくるのは、高校時代に一度来て以来のことである。 しかし、この列車は高知に数分停車するとすぐに発車してしまうので、下車することはできない。
 高知の少し先の後免からは昨日一度乗車区間だ。 大歩危付近の渓流を再び眺めつつ、阿波池田に着く。


窪川で見かけた土佐くろしお鉄道の車両。中間の窓が大きいのが特徴。


ビジネスホテルの看板が妙に目立っている窪川駅舎。

■ 阿波池田16:15発〜徳島17:23着 20D 剣山10号 キハ185(2)

 阿波池田からは、徳島線で徳島を目指す。 徳島線は全線が吉野川に沿って走る線で、これから乗る特急「剣山」が走る。 編成は牟岐線の特急と同じ2両編成である。
 阿波池田を発車した列車は、吉野川沿いの集落を進む。 吉野川は中央構造線に沿って一直線に流れており、進んでも進んでも風景はあまり変わらない。 加えて、線路から川が見える箇所はあまりなく、車窓はやや単調だった。
 車内に目を転じると、乗客はそれほど多くない。 乗客には短距離利用の学生なんかもいて、特急という感じはあまりしない。 どちらかというと往年の急行列車のような雰囲気である。
 観光地である脇町に近い穴吹や、沿線の主要駅である鴨島などに停車しつつ、 1時間ちょっとで徳島に到着した。

■ 徳島17:46発〜鳴門18:35着 752D キハ40(2)

 2日間に渡る四国乗りつぶしの旅も、いよいよ佳境を迎えた。 最後に乗るのは、鳴門線の普通列車である。鳴門線は四国でも一際地味な盲腸線で、 普通列車が細々と走るのみである。この路線が四国最後の路線となった。
 徳島駅から鳴門線の列車に乗り込む。車両はキハ40で、意外にもこの旅で最初で最後の国鉄型車両である。 考えてみると、これまで乗ったのは民営化以降の車両か、国鉄最末期の車両ばかりだった。
 昨日も通った高徳線を通り、池谷へ。ここでは高徳線と鳴門線が分岐するが、 両者のホームは「ハ」の字の形に配置されている。 国鉄・JRでは本線・支線のホームが平行に設置されていることが多く、このような配置は珍しい。
 池谷から鳴門線に入るが、沿線に目立った風景はない。 途中、「教会前」「金比羅前」というバス停のような駅名の駅があるのが目立つぐらいだろうか。 途中駅はどれも、屋根もろくにない小さな無人駅ばかりである。
 やがて、終点の鳴門に到着。ごく普通のどこにでもある地方の駅、といった風情である。 夕方とあって下車する人は多く、そこそこ賑わっている。


四国カラーリングのキハ40。


夕暮れの鳴門駅で四国乗りつぶしを達成。

■ 高速鳴門〜阪急梅田 高速バス

 鳴門で四国乗りつぶしを終え、あとは大阪へと帰るのみである。 鳴門は大鳴門橋を通じて淡路島と繋がっていて、さらには明石海峡大橋を通じて関西へと繋がっている。 盲腸線の終点である鳴門は、実は四国で最も関西に近い場所なのだった。
 そこで、鳴門から高速バスに乗り、一気に大阪へと戻ることにした。 ただしバスは駅前からではなく、少し離れた高速道路上のバス停から発着している。 徳島発のバスがここを経由するのだ。
 しばらく鳴門駅でつぶした後、駅前の道を10分ほど歩く。 すると、高速道路の高架下にバス停へと繋がるリフトの乗り場がある。 「すろっぴー」と名付けられたそのリフトに乗り、バス乗り場に到着した。
 あとはやってきたバスに乗り込み、帰るのみである。 生まれて初めて大鳴門橋と明石海峡大橋を通過したが、どちらも橋の巨大さに圧倒された。 特に明石海峡大橋など、JR神戸線の車窓からは橋桁の部分が随分細く見えるが、 実際通ってみると6車線ほどもあって非常に幅が広く感じられた。 明石海峡大橋を抜け、阪神高速神戸線を経由して、夜の大阪梅田にたどり着いたのは9時近くのことだった。

 今回の旅で、四国のJR全線を走破し、これでいわゆる「三島会社」を全て制したことになる。 走破率も85%となり、いよいよゴールが見えてきた。


高速鳴門バス停に設置された「すろっぴー」。

JR線乗りつぶし状況

新規乗車キロ数

路線名乗車区間キロ数
高徳線高松〜徳島74.5
牟岐線徳島〜海部79.3
内子線新谷〜内子5.3
予讃線高松〜坂出、宇多津〜伊予長浜〜宇和島、
向井原〜内子、新谷〜伊予大洲
322.4
予土線若井〜北宇和島76.3
土讃線多度津〜窪川198.7
徳島線佐古〜佃67.5
鳴門線池谷〜鳴門8.5
合計832.5

累積乗車キロ数

 総キロ数走破キロ数走破率総路線数走破路線数路線走破率
旅行前19860.916219.881.67%17112774.27%
旅行後19860.917052.385.86%17113578.95%

私鉄乗りつぶし状況

新規乗車キロ数

会社名路線名乗車区間キロ数
高松琴平電気鉄道琴平線高松築港〜片原町0.9
阿佐海岸鉄道阿佐東線海部〜甲浦8.5
土佐くろしお鉄道中村線窪川〜若井4.4
阿佐線後免〜奈半利42.7
合計56.5