土日きっぷで乗りまくり

 JR東日本では、毎週土日の2日間、 宮城・山形県以南のJR東日本の特急自由席にフリーに乗車できる「土日きっぷ」を以前から発売している。 なお、2006年現在でも発売中である。気づいたらもう5年以上の歴史を持っているのだから、結構一般客にも定着しているのだろう。
 このきっぷ、南東北・信越地方の乗りつぶしには欠かせないもので、姉妹版ともいえる「三連休パス」と共に何度もお世話になった。 2001年、この土日きっぷを始めて使用し、鉄道旅行に出かけた。まだ「乗りつぶし」にどっぷりはまる前ということもあり、 会津若松で観光をするなどプランにも割と余裕があった。

目次

2001/6/30

■ 大宮6:52発〜長野8:04着 501E あさま501号 E2(8)

 まず初めに、大宮から「あさま」で長野を目指す。実は長野新幹線に乗るのはこれが初めてであった。 97年に「横軽」間の在来線が廃止になる直前に在来線の方は一度乗車したが、今回初めて新幹線での碓氷峠越えとなる。
 大宮を出た列車は、単調な平野を走り高崎に着く。高崎で上越新幹線と別れ、長野新幹線の単独区間となる。 実は上越新幹線も高崎より先は乗車したことがないが、これは明日のお楽しみである。
 高崎を出ると在来線の信越本線とは大きく離れ、榛名山の麓を長いトンネルで駆け抜ける。トンネルの合間に安中榛名駅がある。 新幹線の駅でありながら駅前に何もない駅として有名だが、こんな所に駅ができてしまった理由として、長野新幹線の線形があると思う。 長野新幹線の高崎〜軽井沢間は、在来線と並行ではなく、在来線の北側を大きく迂回する形で線路が引かれている。 これは碓氷峠の急勾配を避けるためだと思うが、結果として高崎〜軽井沢間は何もない山の中を通ることになった。
 長いトンネルを抜けると、そこはもう軽井沢だった。軽井沢駅は国鉄時代に作られた新幹線駅と違い、ホームは地上にあり幅も狭い。 まるで在来線の駅のようだ。先程見た高崎駅と比べると明らかに貧弱だ。長野新幹線の各駅はコストダウンを強く意識し、 質素な造りとなっている。
 軽井沢を出るとまたトンネルに入り、抜けると平野となり佐久平を通過する。ここでは新幹線が地上、 在来線の小海線が高架を走るという「逆転現象」が起きている。さらにトンネルを抜けつつ上田を通過。篠ノ井のあたりで 在来線と並行し、あっという間に長野に着いた。碓氷峠を超えていた時代に比べ、本当に速くなった。

■ 長野8:12発〜新津11:06着 3013M みのり3号 189(6)

 長野からは信越本線経由の特急「みのり」に乗る。車両は旧「あさま」で使われていた車両だ。 長野を出ると、しばらく長野新幹線の高架と併走する。おそらく、車両基地まで高架が続いているのだろう。 長野新幹線が北陸まで延びたときは、 もちろんこの高架が本線となる。その時、今から乗る信越本線の直江津までの区間はおそらく第三セクターになるだろう。 信越本線は、横軽が廃止になり分断されてしまったが、今後さらに分断され線区名称がますます有名無実化されてしまうだろう。
 豊野で飯山線と別れると、線路は細い渓流に沿って走る。 このあたりは人口が希薄なためか駅間が長く、1駅分走るのに10分近くかかる。 車窓にも針葉樹林が広がり、まるで北海道のようだ。渓流からやや開けた谷に出ると、スキー場として名高い妙高高原に着くが、 梅雨の中途半端な時期だけに観光客の姿はない。さらに進むと、列車はかなり急な勾配で坂を下り始めた。 そして、列車は二本木駅に運転停車した。この駅は今や数少ないスイッチバック駅として有名だ。 大抵の場合、特急はこういうスイッチバックの駅には停まらずに素通りしてしまうのだが、 この列車はたまたま普通列車との行き違いがあり、しばらく停車した。 やがて行き違いの列車が来ると、特急はバックで一旦引込み線に入り、 再び山を下り始めた。谷が開け平野になると高田に停車。 ここは古い城下町だが、金沢・新潟を結ぶ日本海縦貫ルートからは外れており、 駅にはローカル間が漂う。ちなみに、この高田駅は直江津駅と共に上越市という同じ市に属している。
 やがて、北陸本線との合流点である直江津に到着。ここからは柏崎、長岡、三条などの新潟県の都市を経由する。 日本海に沿って走る路線なので平坦なのかと思っていたが、トンネルも多く意外と勾配が多かった。新潟の直前の新津で下車。

■ 新津11:31発〜喜多方13:48着 228D キハ111(2)

 新津からは、磐越西線で郡山を目指す。磐越西線の西側の新津〜喜多方間は非電化路線だ。しかも険しい山の中を超え急勾配も多いが、 キハ110はその大出力を生かし軽快に走る。
 新津を出た列車は五泉などの町を通過した後、阿賀野川沿いの渓流を進む。なかなか険しい谷だが、ここに線路が引かれたのはかなり古く、 昭和初期に上越線が開通するまでは、東京と新潟を結ぶメインルートの一つだった。つまり、昔は東京から新潟へ行くには、 これまでに乗った長野・直江津経由のルートか、郡山・会津若松経由のルートしかなかったわけだ。
 渓流をしばらく進むと険しい谷が少しだけ開け、このあたりで数少ない町である津川に到着。しかし、津川を過ぎると また険しい谷に戻る。やがて列車は長いトンネルに入り、これを越えるようやく会津盆地に出た。 結局2時間以上掛けてようやく喜多方に着いた。
 喜多方といえばラーメンが自動的に思い浮かぶが、元々は会津盆地に古くから栄えた街だ。この駅では30分ほど余裕があるが、 さすがに観光をするだけの時間はないので、喜多方ラーメンでも食べようと思う。 駅前に出てみると、観光客向けにド派手な看板を出したラーメン屋が2、3軒あるが、 いかにも観光客相手という感じがしていまいち食指が伸びない。駅前通りをまっすぐ進んでみるが、 ラーメン屋らしきものは見つからない。もうちょっと遠くに行けばちゃんとしたラーメン屋があるのかもしれないが、 下調べを全くしていないので、わずか30分の間に探し当てるのは難しい。 結局、駅前のド派手な店のひとつに入った。味はよく覚えていないが、まあ普通だったと思う。

■ 喜多方14:17発〜会津若松14:33着 3236M 455(6)

 喜多方からは電化区間となり、今度の列車は455系急行型列車であった。喜多方から会津若松までは途中に5つの駅があるが、 ちょうど中間の塩川を除き、途中駅には朝夕しか列車が停車しない。その他の時間帯は普通列車であってもこれらの駅を通過している。 喜多方や会津若松の駅名標を見ても、塩川以外の中間駅は無視されている。 北海道でよく見られる「仮乗降場」と同じような扱いなのだろうか。
 会津若松にはわずか16分で到着。ここ会津若松では3時間近く時間があるので、徒歩で鶴ヶ城まで歩き観光をした。 途中雨が降ったりもしたが、城の天守閣にも一応登った。

■ 会津若松17:25発〜郡山18:23着 1046M ビバあいづ6号 485(6)

 会津若松から郡山までは「ビバあいづ」に乗車。この列車には専用塗装の485系が使用されていて、 中には会津の観光地を紹介するコーナーなどもあるらしい。 この編成は1編成しかなく、貴重な存在なので乗車したかったのだが、この日は全検のため工場に入場していて、 青森から借りた普通の国鉄色の編成で運転していた。国鉄色ファンには嬉しいかもしれないが、個人的には期待外れだった。 結局、その後「ビバあいづ」には乗る機会がないまま廃止となり、車両も別の塗装に変更されてしまった。
 会津若松を出た列車は何度も曲がりくねりながら標高を上げ、猪苗代湖の湖畔を通過する。ただし、湖と線路は離れているためか、 車窓から湖は見えなかった。やがて東北本線と合流し、郡山に到着。

■ 郡山18:32発〜大宮19:30着 142B Maxやまびこ142号 E4(8)

 郡山から大宮まではMaxやまびこでわずか1時間。一日目は割と早めの帰宅となった。

2001/7/1

■ 大宮6:34発〜新潟8:16着 301C あさひ301号 E2(8)

 二日目の旅は、上越新幹線の始発で始まった。通常あさひ号は、Maxか200系で運用されるが、 この列車はあさま等で用いられるE2系が充当される数少ない列車である。これで、2日連続でのE2系乗車となった。
 高崎で、昨日乗車した区間と別れる。高崎を過ぎるとトンネルまたトンネルの連続となる。 途中の中山トンネルでは、建設工事中に異常出水が発生し、 上越新幹線の開業が遅れる結果となった。その湧き水は現在でも湧き出していて、JR東日本の自動販売機などで売られている。 ちなみに、異常出水でトンネルを掘り直した結果、その箇所には速度制限があるらしいが、乗っているときは分からなかった。
 気づくと列車は越後湯沢に到着。トンネルばかりで、いつの間に谷川岳を越えていたのか分からなかった。 ここからもトンネルが多く、車窓が分からぬまま長岡に到着。ここの駅のホームには使用されていない副本線があった。 おそらく富山方面からの新幹線が延びてくることを意識した施設だと思うが、富山から新幹線が延びてくることはないだろう。 ここからは水田の間を走り、新潟に着いた。

■ 新潟9:02発〜坂町9:39着 2001M いなほ1号 485(6)

 実はこの後に乗る米坂線直通の快速「べにばな」は新潟始発で、新幹線から乗り継げたのだが、 特急が乗り放題の土日きっぷの恩恵を少しでも受けようと、後続の「いなほ」で追いかけることにした。 そのため新潟では1時間弱暇があったが、駅前をぶらついただけで特に有意義なことはなかった。
 新潟からはわずか30分で坂町着。検札を受け車内販売が通り過ぎるともう着いてしまった。

■ 坂町9:42発〜米沢11:34着 3822D 快速べにばな キハ52(2)

 坂町からは米坂線に乗る。米坂線はその名の通り新潟県の坂町と米沢を結んでいる。 かつては新潟から米坂線を経由して山形、仙台へと向かう急行が運転されていたが、 今や奥羽本線が山形新幹線となって標準軌化され、そのような列車を運転することは不可能となってしまった。 米坂線自体も本数の少ないローカル線に転落してしまっている。 しかも、米坂線は周辺を走る磐越西線・只見線・陸羽西線などに比べて地味で、 鉄道ファンにもあまり注目されない存在だ。沿線に観光地が少ないし、 かといって只見線のような超ローカル線ではないのが理由だろう。 だが、乗ってみると険しい地を行く風光明媚な路線だった。しかも今や貴重なキハ52が使用されていた。
 坂町を出るとすぐに羽越本線から離れ、荒川に沿って進み始める。 坂町からわずか数分で、川の反対側の車窓には急な斜面が見えるようになる。 このあたりはまだ荒川の下流だと思うのだが、時折雪覆いの下を列車は通る。 そんな険しい谷をしばらく走り、列車は程なく山形県に入る。 分水嶺をまだ越えていないのに県が変わるというのも珍しい。 その後列車は短いトンネルで分水嶺を越えたが、乗っているときは気づかなかった。
 やがて列車は米沢盆地に入り、今泉に着く。ここは山形鉄道との乗換駅で、短くて幅の狭いホームが2本並んでいる。 いかにもローカル線の乗換駅という感じだ。この山形鉄道は、今泉から山形新幹線の赤湯と、行き止まり終点の荒砥の二方向に伸びている。 特に今泉〜赤湯間は米坂線と山形方面とをショートカットする役割があり、前記の急行列車もここを走っていた。
 今泉からは米沢盆地を一路米沢へと向かう。さっきまでの険しい車窓とは一転して、 田んぼや果樹園が広がる。田んぼのど真ん中に駅があったりもする。 やがて列車は米沢の市街の南側をぐるりと180度回転し、米沢駅の端のほうにあるホームに着いた。 米沢駅は標準軌化された山形新幹線が駅舎の正面を占拠しており、唯一狭軌の米坂線は片隅に追いやられ肩身が狭そうだった。

■ 米沢11:53発〜山形12:26着 117M つばさ117号 400(7)

 米沢では名物の米沢牛の駅弁を買い、山形新幹線「つばさ」に乗り込む。いわゆる「ミニ新幹線」に乗るのは初めてだ。 新幹線と名乗ってはいるが、奥羽本線内は車窓は在来線と同じで、踏み切りもある。 列車は赤湯やかみのやま温泉など途中駅に停まりながら、 30分程で山形に到着する。
 ところで、かみのやま温泉駅に到着する直前、とんでもない高さのビルが建っているのが見えた。 のどかな田園に突如として高層ビルが現れ、その違和感から非常に記憶に残った。 後になって調べてみると、このビルは日本でも有数の高さを誇るマンションらしい。 こんな所に高層マンションなんて建てて需要はあるのだろうかと思ってしまうが、 ホームページによるとマンションは全戸完売したそうな。

■ 山形12:42発〜仙台13:43着 3840M 快速仙山 719(6)

 山形からは仙山線に乗るべく、新幹線ホームの隣の狭軌用ホームへと行く。 停まっていたのは首都圏の211系と瓜二つの719系だった。 仙山線は、仙台と山形を結ぶ都市間路線で、高速バスに対抗すべく1時間おきに快速が運転されている。しかしこの路線、 都市間路線といいながらものすごい山の中を進む。しかもこの路線は山形市内と仙台市内しか通らない。 両方の市の行政区域が恐ろしく広いからだが、すごいことだと思う。
 山形を出た列車は、いきなり城のお堀のすぐそばを走る。城のお堀の横を通るJR線といえば、 皇居の堀に沿って進む中央線ぐらいしか思い浮かばず、結構珍しいと思う。北山形で左沢線と別れ、 右を走る山形新幹線と平面交差して東へと向かう。 やがて有名な山寺の最寄り駅の山寺駅に到着。山寺といえば景色が良いことで有名だが、 車内からはどこにあるか確認できなかった。
 山寺を出ると、列車はどんどんと山深い所へと進む。線路から見える山の斜面は、先程乗った米坂線と同じぐらいか、 あるいはそれより険しいかもしれない。やがて、仙台と山形の境界を長いトンネルで抜ける。トンネルを抜けると、 秘境駅として名高い奥新川を通過し、温泉地として有名な作並に着く。作並は秋保と並んで仙台の奥座敷として有名だ。 奥座敷というだけあって、 かなり山深い所だ。作並からはどんどん山を下り、仙台からの普通列車の多くが折り返す愛子に着く。ここも地形的にはかなりの山奥だが、 仙台のベットタウンとなっているらしく住宅が目立つ。その後も地形はぜんぜん平野にならないのに、 家やマンションだけはどんどん増えていく。 仙台の2駅手前の北仙台のあたりでようやく平野に出た。あとは仙台の街中を進み、仙台駅に着いた。

■ 仙台14:01発〜石巻14:57着 3421S うみかぜ13号 103(4)

 仙台からは仙石線に乗る。仙石線に乗るのはこれが三度目だ。一度目は、仙台駅付近が地下化される前に仙台〜松島間に乗った。 二度目は、地下化後にあおば通〜仙台間に乗った。ちなみにこの2駅は、どちらも仙台駅構内といっていいほど近い。 東京駅の京葉線ホームなどより明らかに近いが、別の駅を名乗っている。
 ところで、 完乗を狙う人の中には、地下化や線路の付け替えでルートが変わったら乗車記録をリセットして 乗りなおす流儀の人と、ルートの変更は特に気にしない流儀の人がいるが、自分は後者なので、松島より先が初乗り区間となる。
 仙台駅の長いエスカレータで仙石線の地下ホームへ行き、快速うみかぜに乗る。 この路線の103系は化粧板が張り替えられ、ドアも交換されるなど 内装は原形をとどめていない。JR西日本の40N改造に通じるものがある。ドアが半自動となって、開閉スイッチがあるのも妙だ。
 仙台を出ると数駅は地下を進む。これらの駅は真新しく、東京の地下鉄駅のようだが、 停車する列車の本数はおよそ15分に一本と少ない。 地下を出ると、多賀城市を抜け、単線区間に入る。カーブが多く、いかにも元地方私鉄らしい。列車は急カーブとトンネルで 険しい海岸を進むが、一瞬東北本線と併走する。ここには以前は渡り線があったそうだが、 両者の架線電圧が違うからか今はもうないようだ。 今では、東北本線から仙石線への列車の回送は非電化の石巻線を経由して行っている。
 松島の最寄り駅の松島海岸駅の辺りでは、松島がよく見える。ただし、ここを過ぎると列車は内陸を進むことが多く、 時折海沿いを走る程度だった。
 仙台からちょうど一時間で石巻に着いた。仙石線は元々私鉄で、国によって作られた石巻線とは異なる歴史を持つ。 そのため、両路線の石巻駅は今でこそ同じ位置にあるが、昔は離れた位置にあったそうだ。 石巻では20分ほど時間があるので駅前をぶらぶらした。といっても、 20分では大したこともできず駅前のスーパーを覗いたぐらいだった。

■ 石巻15:21発〜小牛田15:58着 1638D キハ48(2)

 石巻からは石巻線で小牛田に向かう。仙石線と違ってこちらは非電化で、本数も多くない。 車内が綺麗に改装されたキハ48で石巻を後にすると、 車窓には水田が一面に広がる。やがて気仙沼線との合流地点の前谷地に着く。 一線区のターミナルとは思えないほど素っ気無い駅だった。 前谷地からも水田の真ん中を走り、小牛田着。

■ 小牛田16:04発〜鳴子16:53着 3721D キハ111(2)

 小牛田は東北本線と石巻線・陸羽東線が交わる運転上の拠点で、構内もとても広い。かつては駅弁も売られていたらしいが、 元々この辺の街の中心は古川で、輸送の中心が東北本線から東北新幹線に変わると小牛田は寂れてしまった。今は人気も少なく、 やたらと長いホームを持て余していて侘しい。
 小牛田からは陸羽東線で新庄を目指す。列車は昨日の磐越西線以来となるキハ110だ。 小牛田を出てしばらくすると、先程述べた古川に着く。 小牛田からの乗客と同数ぐらいの乗客が乗ってくる。古川を出ると列車はだんだんと山の中に入っていく。 この路線は「奥の細道湯けむりライン」という愛称がついていて、その名の通り沿線には温泉が多い。 この列車にも、温泉めぐりをすると思われる人がわずかだが乗っていた。 列車は川沿いをのんびり走り、温泉とこけしで名高い鳴子に着いた。
 鳴子では一時間ほど時間がある。せっかく温泉地に来たので、誰でも入れるという公衆温泉に行ってみる。 が、入ろうにもタオルを持っていない。 しかも、温泉に入ろうとする人は誰もいない。そもそも、町を見回しても観光客がいないのだ。土産物屋などは一応営業しているが、 まるでゴーストタウンのようだ。いくらシーズンオフとはいえ、有名観光地にこんなにも人がいないとは驚いた。 観光地というのは、あまり混んでいるのは困るが、ある程度周りに客がいないと気分が盛り上がらない。 人っ子一人いない観光施設なんかに行っても、興ざめするだけだ。
 そんな訳で温泉には入らず、駅の待合所でひたすら次の列車を待った。

■ 鳴子18:02発〜新庄19:03着 733D キハ111(2)

 鳴子を6時過ぎに出発。大分遅い時間だが、一年でも日の長い時期なのでまだまだ車窓は見える。 先程までと同じく、列車は川沿いを進む。すると、いつの間にか県境の分水嶺を越えてしまったようだ。
 やがて陸羽東線は奥羽本線と合流する。合流してからしばらく進んだ地点に南新庄駅があるが、奥羽本線にホームはない。 まるで伊東線の来宮のようなロケーションだ。南新庄からは、標準軌の奥羽本線とは独立した線路を走り、新庄着。

■ 新庄19:17発〜大宮22:28着 144M-144B つばさ144号 400(7)

 新庄からはつばさ号で一気に東京に戻る。新庄駅のホームは、ちょうど漢字の「工」の字のような形をしており、 どのホームへも階段の昇り降りなしで行けるようになっている。見事なバリアフリーだが、 標準軌と狭軌が混在して頭端式のホームが多いことが理由だろう。
 新庄を出発し、天童や村山に停まりながら山形に向かう。このあたりも温泉が多く、 開業当時は「温泉新幹線」と宣伝していたのを思い出す。
 山形を出ると、米沢などを経由して福島へ向かう。この区間はいつも混んでいて、 福島駅での「やまびこ」との連結作業中、立ち客がいっせいに「やまびこ」の自由席へダッシュする光景が名物となっている。 この列車は東京到着時間が遅いため、さすがに乗客は少ない。
 福島では「やまびこ」と連結するのが普通だが、 この列車は夜遅いためか「つばさ」単独編成のまま東京まで行く。ミニ新幹線が単独でフル規格の東北新幹線を走る様子は、 外から見ると妙な光景だろう。福島や宇都宮ではそれなりに乗ってきたが、立ち客が出ることはなく大宮に着いた。


土日きっぷの画像。新幹線改札入場時に書かれる赤い文字や検札印で随分汚れている。(画像は一部加工しています)


きっぷは添付の切符入れに収納するよう定められていて、切符入れには指定券発行時に印を押すスペースがある。 指定券をむやみに発行するのを防止するためだと思われる。(当時はまだ指定席券の発行枚数上限がなかった)

乗車記録

今回の乗車キロ数

路線名乗車区間キロ数
北陸新幹線高崎〜長野117.4
信越本線長野〜宮内145.0
磐越西線郡山〜新津171.4
上越新幹線大宮〜新潟303.6
米坂線米沢〜坂町90.7
仙山線仙台〜羽前千歳58.0
仙石線松島海岸〜石巻27.0
石巻線小牛田〜石巻27.9
陸羽東線小牛田〜新庄94.1
奥羽本線福島〜新庄148.6
合計1187.9

乗りつぶし状況

 総キロ数走破キロ数走破率総路線数走破路線数路線走破率
旅行前19860.97899.939.78%1713419.88%
旅行後19860.99087.845.76%1714224.56%