中国地方完乗と九州新幹線(その1)

 2004の夏は、関西に帰省したあと用があって一度東京に戻り、再び西へと向かった。 西へ向かったのは他でもない、残り少ない未乗線区に乗車するためだ。西日本に大量に残っていた未乗線区も、 こつこつ乗りつぶして伯備線、美祢線、山口線、山陰本線、越美北線のみとなった。 加えて、2004年3月に九州新幹線も開通した。 これらのうち、先頃の水害で不通となった越美北線を除く5線区を今回乗りつぶす。
 しかし、それだけだと2日もあれば乗り終えてしまうので、九州の3セク線にも乗車することにした。 九州のほうは当初おまけのつもりだったのだが、 プランを考えていくうちに九州パートの方が規模が大きくなり、どちらがメインだか分からなくなった。 夏の旅行ということで大雨などの心配を当初よりしていたが、やはりちょっとしたハプニングがあった。

目次

2004/8/17

■ 東京22:00発〜出雲市10:04着 4031M サンライズ出雲 285(14)

 夜の東京駅、東海道線乗り場の10番線に向かう。そこには出雲市・高松行きの「サンライズ出雲・瀬戸」が停車していた。 今宵は、サンライズ出雲号で一路出雲市を目指す。一番リーズナブルな個室であるソロを予約しておいた。 早速、車内に入る。通路は車両の中央に設けられ、その両側に個室がある構造となっている。個室は2層構造となっていて、 今回は1階の個室に乗車する。サンライズに乗るのは2度目だが、木目調の内装で高級感がある。 浴衣と寝具のセットされた個室に入ると、わざわざ外に出かけるのもおっくうになる。 明日は一日予定が詰まっているし、夜中で外も見えないので早々に床に就く。
 翌朝、目を覚ますと岡山の近くまで来ていた。もうすっかり外は明るくなっている。 程なくして岡山に到着し、ここで出雲号と瀬戸号を切り離すためしばらく停車する。停車時間の間に売店に行き、 岡山名物の祭ずしを朝食用に購入した。
 岡山を出て、倉敷から伯備線に入る。倉敷を出ると、線路はいきなり太い川沿いを走る。あたりは山がちで、家屋は少ない。 しばらく走り、街に入る。程なく総社に到着。この総社から新見までが、伯備線の未乗線区となる。 まだ朝早いが、個室のベッドに寝そべりながら車窓を見つめる。 列車は相変わらず家屋の少ない高梁川沿いをうねうねと曲がりながら登っていく。 思えば、寝台列車でこんな渓流を見られるというのは珍しい。おそらく今ではこのサンライズ出雲だけではないだろうか?
 列車はやがて新見に着く。伯備線の主要駅だが、非常に寂しい町だ。 新見からはさらに山深くなり、併走する県道ぐらいしか人工物は見えない。 やがて、短いトンネルに入る。このトンネルで、山陽と山陰を分ける分水嶺を越える。 木次線などと違って、非常にあっけなく分水嶺を越えてしまった。 山陰側に出ても、同じく渓流に沿って列車は下っていく。 ところで伯備線といえば振り子式の381系が特急列車として走っているが、 今乗っている寝台電車285系には振り子機能がない。そのため、振り子式の特急やくもより伯備線内で20分ほど余計にかかる。 そんなことを知っていると、心なしか列車の速度が遅いように感じられた。
 やがて列車は山陰本線と合流し、米子に到着。 前回「出雲」に乗車したときは、機関車の付け替えのため米子でずいぶん停車したが、 サンライズ出雲はあっけなく発車する。しばらく走ると、島根県の県都松江に到着。 松江を出るとちらちらと宍道湖を見つつ、木次線との分岐駅である宍道に到着。ここまでくると出雲市はもうすぐだ。
 東京駅を出ておよそ12時間で、高架の出雲市駅に到着した。


サンライズ号の前面。「Sunrize Express」の金文字が光る。


サンライズ出雲号 出雲市行きの字幕。 当時は山陰本線経由の出雲号が残っていたため、区別のために「伯備線経由」の文字が入る。

■ 出雲市10:10発〜益田12:21着 3453D アクアライナー キハ126(2)

 サンライズでの長い旅を終えたが、休むまもなく次の列車に乗り換える。 益田行き快速列車で、向かい側のホームに既に停車していた。 出雲市までサンライズより先行するが、出雲市でサンライズを待って発車する。
 出雲市から先は、日本海沿いを走る。ごつごつした岩がむき出しの荒々しい海岸だ。ところどころ砂浜があって、 泳いでいる人もいる。日本海というと、以前冬の羽越本線に乗った時に見た鉛色の寒々しい海が印象に残っていたが、 さすがに真夏だけあって海は青く、明るい印象を受けた。
 列車は一駅ごとぐらいに停車しながら進む。新型気動車だけあって、なかなかの快速だ。座席もボックスシートで座り心地が良いし、 木目調の内装も落ち着いているしで、なかなか好印象だ。やがて列車は江津に到着。三江線との乗換駅だ。 ここからいよいよ山陰本線の未乗区間に入る。相変わらず日本海を望みながら浜田、三保三隅と駆け抜け、終点の益田に着いた。 出雲市から益田までは相当な距離があるが、列車が速いので時間を感じさせなかった。
 益田で列車を待つ間に、昼食を買う。駅弁は置いていなかったが、売店でちょっとした弁当を売っていたので、買う。


長距離を走り通した快速アクアライナー。

■ 益田13:07発〜長門市14:51着 1575D キハ120(1)

 益田駅の側線には、特急「いそかぜ」で用いられるキハ181系特急型気動車が停車していた。 益田から先の山陰本線では唯一の優等列車だ。 益田以西は近代化から取り残され、新型特急車両やアクアライナーは走っていない。
 益田からはキハ120の普通列車に乗る。車内はロングシートなので、前面展望が望める先頭の席に座る。 列車は先程に引き続き日本海岸を走る。途中ちょっとした山越えがあり、島根県から山口県に入る。 キハ120もかなり新しい車両なので、先程の快速ほどではないが走りは軽快だ。
 やがて、東萩に到着。「東」と付いているが萩市の中心駅で、市中心部や松蔭神社にも近い。 乗り降りする客も多かった。その次の駅は萩駅だが、こちらは東萩に比べて随分寂れており、ホームには屋根もない。 萩を出ると、また日本海岸に出る。沿線に家は少なく、寂れた光景が続く。山陰本線の末端部分まで来たんだなあと感じる。
 長門市では1時間待ち時間がある。今日はこの長門市に宿泊する予定なので、今のうちにチェックインを済ませておく。 長門市は駅前に若干店があるぐらいで静かな駅だ。そんな駅なので宿を探すのは苦労し、普通のホテル検索サイトでは 見つからず、いろいろ検索してようやく駅裏手のホテルを探し当てた。その宿に行くと、時間が時間だけに 他の客もフロントの人もおらず閑散としていた。
 チェックインし、しばし部屋で休む。 この日はオリンピックの真っ只中で、丁度体操男子団体で金メダルを取ったというのでそのニュースをテレビで見ていた。 本当は仙崎まで歩いてみようと思っていたのだが、暑いしテレビに見入ってしまったしで結局あきらめ、列車で行くことにした。


益田駅で出番を待つキハ181。

■ 長門市15:51発〜仙崎15:55着 1627D キハ120(1)

 古びた跨線橋で駅舎の方に戻り、列車に乗り込む。これから山陰本線の支線である長門市〜仙崎間に乗車する。 一両編成の気動車は、民家の裏をのろのろと走り、程なく仙崎に到着した。 仙崎は青海島を目の前に臨み、また最近では金子みすずという作家のゆかりの地ということで観光地化され、 臨時列車なども来るようになった。 そんな影響からか、駅は日本家屋風に改築されていた。


長門市からはキハ120の仙崎行きに乗車。

■ 仙崎16:01発〜厚狭17:18着 734D キハ120(1)

 乗ってきた列車は仙崎から折り返し美祢線経由の厚狭行きとなるので、仙崎を散策する間もなく乗り込む。 乗客はほとんどおらず、がらがらのまま発車する。
 列車は長門市から美祢線に入る。 美祢線は石炭や石灰石の輸送で栄え、幹線に指定されているが、旅客輸送の面ではただのローカル線と化している。 また、数ある陰陽連絡路線の最西端に位置している。そんな美祢線だが、車窓の面ではあまり見るべきものはない。 温泉旅館が建つ長門湯本を過ぎると、ひたすら山の中をうねうねと進む。途中、南大嶺付近では 廃線跡が見えた。大嶺へと進む支線の跡で、JR移行後しばらくは残っていたはずである。 厚狭に着く頃には、大分日が傾いてきた。


観光開発に合わせ、日本家屋風に改装された仙崎駅。


行き止まりの向こうには港が広がっている。

■ 厚狭17:26発〜新山口17:59着 570M 115(4)

 厚狭からは山陽本線で新山口に戻る。薄暗くはなってきたもののまだ景色は見える。 山陽本線は山陰本線と違って海はまったくといっていいほど見えない。というより、山の中を進んでいる状態だ。 30分ほどで、小郡から名を改めたばかりの新山口に到着した。

■ 新山口18:05発〜山口18:27着 657D キハ47(3)

 新山口からは山口線に乗車する。山口線といえばSLも走っているなど観光路線だが、これから乗車するのは普通列車、 しかも夜中という味気ないものだ。まずは山口行きの区間運転列車に乗る。学校帰りの生徒が目立つ列車に揺られること 20分ほどで山口に到着。車窓は家やビルが目立ったが、山が近くに迫ってきた。
 山口では時間が余ったので、駅の外を歩いてみた。山口は県庁所在地ではあるが、駅前通りにはビルなどは少なく、 あまり県庁所在地という感じはしない。駅もどこにでもあるような2面3線のホーム配置で、裏手には林が広がっていた。


山口駅に到着したキハ40。もう夕暮れが近い。

■ 山口19:00発〜益田20:48着 2549D キハ40(1)

 一両ぽっきりのキハ40は、すっかり日が暮れた山口駅を発車する。山口線は2度峠を越える勾配の多い路線で、 非力なキハ40は車体を震わせてのろのろと峠を越えていく。ディーゼルカーでこれだから、SLはもっと苦労することだろう。 車窓は真っ暗闇なので、ボックスシートで脚を伸ばしてただただぼーっと過ごした。

■ 益田20:50発〜長門市22:33着 1583D キハ120(1)

 山口線を完乗し、再び山陰本線の益田に戻ってきた。が、ここから再び山陰本線で西へ進み、宿泊地の長門市に戻らねばならない。 ロングシートのキハ120では脚を伸ばしてくつろぐこともできず、車窓も見えず最後の方はかなり辛いものがあった。 夜10時半、ようやく長門市に到着。明日も早いことだし、宿に戻ると即座に寝ることにする。

2004/8/18

■ 長門市5:35発〜小串6:46着 961D キハ47(2)

 まだ日も明けきらない5時半、長門市駅に向かう。早朝だけに気温も涼しく心地よい。
 山陰本線の下り普通列車小串行きに乗車する。山陰本線の最末端とも言える区間で、雰囲気は完全にローカル線だ。 時折、日本海を見ながら進む。海岸は岩がごつごつして荒涼としている。途中、特牛という駅がある。 JR屈指の難読駅で、「こっとい」と読む。周囲に家もほとんどない静かな駅だった。しばらく山の中を進み、 再び荒涼とした海岸線をしばらく走ると、終点の小串に着く。

■ 小串6:48発〜下関7:34着 855D キハ47(4)

 小串からは別の列車に乗り換える。今度は4両編成とやや長い。列車は相変わらず山の中や海沿いといった鄙びた土地を進むが、 さっきの列車とは違い徐々に乗客は増えてきた。下関、あるいは北九州に通う高校生が各駅から乗車してきた。
 綾羅木、幡生と進むにつれ周囲は市街地となってきた。山陽本線と合流し、終点下関に到着した。 この時点で、中国地方のJR線を全て乗り終えた。残るは九州新幹線と越美北線のみとなった。


本州最西端の駅名標。「門司」の文字が見える(失敬・・・)。

■ 下関7:42発〜小倉7:55着 5523M 415(4)

 下関で下車する高校生と一緒に階段をぞろぞろと降り、九州方面行きの列車に乗り換える。 列車は下関駅を出ると、倉庫の立ち並ぶ殺風景な光景が続く。港の裏舞台を見るかのようだ。 しばらくすると彦島に渡り、すぐにトンネルに入る。トンネルを抜けるとそこはもう門司。実にあっけなく九州に突入した。 その後も港湾や貨物ターミナルを見ながら列車は進む。やがて、小倉に到着。
 一年半前の九州乗りつぶしの旅以来の九州上陸である。時間があるので構内をぶらついていると、 名物のかしわめしの駅弁を売っていたので、購入する。それでも時間が余ったので、停車中の列車の空席に座って 弁当を食べた。


小倉駅名物の「かしわめし」。

■ 小倉8:20発〜直方9:07着 623H 817(2)

 小倉からは博多行きに乗車する。博多行きとはいっても筑豊線経由で、普通に博多に行きたい人がこの列車に乗ると えらく時間が掛かってしまう。この列車で筑豊の直方を目指す。
 小倉を出て、しばらくは鹿児島本線を走る。 が、黒崎を過ぎると列車はポイントを渡った。そのまま次の駅である陣原に到着。どうやらこの駅で既に鹿児島線と筑豊線とが 分岐するようだ。そのままさらに進むと、折尾駅に到着。ただしメインの折尾駅とは離れた、鹿児島線・筑豊線直通列車専用の ホームに着いた。かつてはこの短絡線には折尾駅のホームはなく、直通列車は通過していたという。
 折尾を出ると、ローカル線とは思えない立派な複線の線路を進み、直方に到着。


ブラックフェースが特徴の817系。筑豊本線の主力車両である。

■ 直方9:11発〜田川後藤寺9:44着 平成筑豊鉄道

 直方では乗り換え時間がないので、急ぎ足で平成筑豊鉄道の乗り場を目指す。ホームには1両ぽっきりのディーゼルカーが 停車していた。これから、九州3セク線乗りつぶしの手始めとして、平成筑豊鉄道を乗りつぶそうと思う。
 平成筑豊鉄道は、北九州にかつて網の目のように張り巡らされていた炭鉱線のうち、伊田線・田川線・糸田線を継承した 路線である。直方・田川後藤寺・田川伊田・行橋でJR線と接続している。随分接続路線が多い。 国鉄時代はもっと路線が多く、このあたりの路線を乗りつぶすのは大変だったようだが、今は大分シンプルになった。
 そんな訳で、まずは平成筑豊鉄道伊田線から糸田線に乗り入れる田川後藤寺行き列車に乗る。 乗客は10人ちょっとで、朝の中途半端な時間にしてはよく乗っている方か。 沿線は普通の住宅や田畑が並び、あまり見るべきものはない。元は石炭輸送で栄えただけあって、線路は複線だ。 30分ほどで田川後藤寺に着いてしまった。 平成筑豊鉄道では一日乗車券を販売しているので、降り際に購入しようとすると、若い運転士が非常に無愛想に渡してくれた。


平成筑豊鉄道の車両。3セク線にありがちな軽快気動車だ。

■ 田川後藤寺10:10発〜金田10:22着 平成筑豊鉄道

 田川後藤寺にやってくるのは、2003年春の九州乗りつぶしのとき以来だ。あの時も田川後藤寺で数十分時間が余ったが、 今回もそうだ。白い新しい駅舎が懐かしく思える。 時間があるので構内をぶらつき、行き来する日田彦山線の列車が往来するのを眺める。
 10時10分、今乗ってきた列車に再び乗り、糸田線で金田に戻る。金田は2面3線のホーム配置で、 車両基地も設けられている。平成筑豊鉄道の拠点の駅のようだ。

■ 金田10:26発〜行橋11:23着 平成筑豊鉄道

 金田からは行橋行きの列車に乗る。金田を出てしばらくは複線の線路を走る。 第三セクターの路線は乗客確保のため駅を増やしたケースが目立つが、 この線もご多分に漏れず駅は多い。最近になって増えた駅は、ホームが新しくて簡易な構造なのですぐ分かる。 そんな中、糒という駅がある。「ほしい」と読むのだが、ここは広い駅構内と古いプラットホームが残っており、 炭鉱全盛時代を髣髴とさせるものがあった。
 しばらく走ると、線路が寄り添ってくる。 先程田川後藤寺で見た日田彦山線で、合流すると程なく田川伊田に着いた。両方とも元は国鉄路線とあって、 ホームも仲良く並んでいる。田川伊田を出ると、列車は伊田線から田川線に入る。平面交差で日田彦山線をまたぎ、 線路が分かれ切らないところで上伊田に到着。
 田川線は、これまでの路線と違って山深いところを進む。 線路際の田畑の向こうには深い森が見えた。それを表すように、「源じいの森」という駅がある。 そんな森を抜け、「今川河童」という変わった名前の駅を過ぎると、列車は高架を登り始めた。行橋に到着したようだ。

■ 行橋11:26発〜別府12:27着 3015M ソニック15号 883(5)

 行橋では乗り換え時間がわずかなので、急ぎ足で乗り換える。大分方面行きのホームに来ると、 すぐに特急ソニックがやってきた。この旅行では出雲市に到着以来、ずっと18きっぷを使用し普通列車で移動してきた。 だが、平成筑豊鉄道に寄り道した結果、普通列車だとこの先の豊肥本線の普通列車に間に合わない。 別府の手前の山越え区間は普通列車が少ないこともあって、この区間は特急列車で通過することにした。

 883系ソニックに乗車するのは初めてだ。前回、九州を乗りつぶしたときも乗車する機会はなかった。 話に聞いていた通り、座席には動物の耳のような飾りがついている。網棚は飛行機のようなハットラック式だ。座席の肩には ハンドルのようなものがくっついていたり、座席の後の「網」がプラスチック素材でできていたり、とにかく変わった車両だ。 が、自由席に着席して落ち着いてみると、そんなに違和感は感じない。見た目は他に例を見ないぐらい個性的でも、 鉄道車両としての根本的な機能はしっかりしているのだな、と思った。
 これまで足の遅いディーゼルカーにばかり乗ってきたので、130km/hで快走する特急列車は非常に速く感じる。 時折海を見ながら進み、福岡と大分の県境の川を渡って中津に着く。中津からは風景も鄙びてきて田畑が目立ってきた。 宇佐神宮のある宇佐を過ぎると山越えに入る。ここからは普通列車が少なくなってくる区間だ。うねうねとカーブを繰り返しながら 山道を越えていく。振り子式の883系が本領を発揮する区間だ。このあたりは単線区間が一部残っているようで、 途中対向列車の遅れでやや待たされた。
 山を越えると、ときどき海が見えてくる。別府の町はもうすぐだ。


カラーリングが変更される前のソニック。薄い青色が鮮やか。


デッキと客室との間はガラス張り。内装はメタリックな素材が目立つ。

■ 別府12:39発〜大分12:53着 4637M 815(2)

 そのまま大分まで特急に乗り続けてもいいのだが、その次の普通列車でも豊肥本線の列車には間に合うので 別府で普通列車に乗り換える。行橋〜別府間は100kmをぎりぎり下回るので、運賃を大分節約できる。
 ロングシートの新型車両815系に乗り、大分を目指す。別府から大分の間は別府湾がよく見える。 815系の大きな窓から海を眺めながら進んだ。


別府駅の駅名標には温泉マークが。

■ 大分12:58発〜豊後竹田14:25着 4436D キハ200(2)

 大分からは豊肥本線に乗る。去年一度乗車したのだが、その時は夜行明けで極度に疲労が溜まっており、 路線の大半を寝たまま通り過ぎてしまった。ここは車窓に見所が多いはずなので、今度はきっちり車窓を見ようと再訪問した。 車両はキハ200の2連で、空いていた。転換クロスシートに落ち着く。 大分を出て、しばらく大分の市街を走った後、大野川という川に沿って登っていく。 だが、この川はかなり流れが複雑なようで、そのうち川からは離れてしまう。しばらくすると、割と大きな駅である三重町に到着。 この三重町は大分より佐伯に近く、佐伯行きのバスもある。このバスを行程に組み込むことも検討したが、 結局今回は使わなかった。
 三重町で九州横断特急と行き違い、発車。三重町を出ると豊後清川、緒方と進む。このあたりは10年ほど前、 水害で長いこと運休していた記憶がある。見てみると、線路沿いの川の流れは深く急だ。
 緒方で再び行き違いで停車し、 終点の豊後竹田に着く。豊後竹田は滝廉太郎ゆかりの地ということで、「荒城の月」がホームにずっと流れている。 暗い曲なので、夜とかは結構不気味なのではないかと思うが。


真っ赤なキハ200で豊後竹田を目指す。


日本瓦が目立つ豊後竹田の駅舎。

■ 豊後竹田14:34発〜宮地15:28着 2424D キハ31(1)

 豊後竹田からは阿蘇山の外輪山越えとなる。列車の本数もぐっと減り、車両もキハ31という小さな単行の車両となる。 豊後竹田を出るとそれまで怪しかった天気がさらに悪化し、雨が降り出してきた。遠くの山々も白く煙っている。 沿線は濃い緑で覆われ、登るにつれて人工物が見えなくなってきた。豊後萩、滝水と停まり、波野まで来ると駅前には ほとんど家もない。駅名標と並んで「九州一高い高原の駅 標高754m」という看板がある。
 波野を出ると長いトンネルに入る。外輪山を越えるトンネルだ。トンネルを出ると、眼下に阿蘇のカルデラが広がった。 ここから見えるパノラマは見事だった。そんな車窓を見ながら列車はうねうねと曲がって勾配を緩和しながら坂を下りていく。 坂を下り切ると、終点の宮地に到着。


乗客の少ない県境区間はキハ31単行が担当。

■ 宮地16:13発〜肥後大津16:59着 442D キハ200(2)

 宮地では45分待ち時間がある。だが、駅の周辺には40分で戻ってこれるような手近な観光地がなく、かといって駅前に店などもないので、 結局待合室でだらだらするなどして時間をつぶすしかなかった。どこかのWebページで「30分とか40分の待ち時間が(中途半端なので) 一番始末におえない」という記述を見たことがあるが、まさにそれを地で行く状況だ。
 今度の列車は肥後大津行きの普通列車。再びキハ200だ。列車は右手に外輪山、左手に阿蘇の噴火口のある山々を見ながら、 カルデラの中を進んでいく。カルデラを進む列車というのは、日本ではここと南阿蘇鉄道、あとは箱根登山鉄道ぐらいだろう。 しばらく進むとトンネルを抜け、左手に険しい谷を見下ろすような所に出た。谷の深さは半端ではなく、下のほうは見えない。 と、列車は速度を落とし停車してしまった。しばらくすると、列車は逆向きに走り出した。豊肥本線の名物である Z型スイッチバックに差し掛かったようだ。かなり長い距離を逆走すると、下の方に線路が見えてきた。その線路と 合流すると立野駅の構内に差し掛かり、まもなく停車。スイッチバック自体は事前に知っていたので驚きはしなかったが、 何せ前回は寝たまま通過してしまったので、実際にスイッチバックを体感できて満足した。
 立野を出て、列車は谷をどんどん下っていく。だいぶ平坦なところに出たな、と思っていると、肥後大津に到着。


まるで神社のような宮地駅。

■ 肥後大津17:00発〜熊本17:31着 1468M 815(2)

 肥後大津は、熊本から続く電化区間の終端で、ここから普通列車は電車になる。先程乗った815系に再び乗車し、 大分に向かう。電化されただけあって需要は多く、学生などを中心に結構賑わっていた。 熊本駅では駅の外れにある行き止まりの豊肥本線専用プラットホームに到着。

■ 熊本17:35発〜大牟田18:29着 5350M 815(2)

 熊本ではわずかな接続で、上り普通列車に乗り換える。夕ラッシュが始まる時間帯なのでやや混んでいたが、 何とかロングシートに席を確保する。
 今度の列車も815系で、新型車両らしく勾配の続く田原坂あたりもすいすいと駆け抜けていく。 815系投入と同時に鹿児島本線ではワンマン運転が開始されたようで、 駅員のいない小駅では乗客は運転席後の運賃箱に料金を入れていく。 あと気づいた点として、815系はトイレの部分がまるで電話ボックスのような「箱」(上部が天井と接合していない) であることが目を引いた。中で暴れたら箱ごとひっくり返りそうだ(?)。
 車窓の方はまあ普通で、平地には田畑が目立った。 熊本から1時間弱で福岡県に入り、大牟田に着く。

■ 大牟田18:52発〜西鉄久留米19:24着 西日本鉄道

■ 西鉄久留米19:26発〜宮の陣19:29着 西日本鉄道

 残る今日の予定は、甘木鉄道に乗車したあと宿泊地の佐賀に向かうことである。 甘木鉄道は鹿児島本線の基山と甘木を結ぶ盲腸線だが、 単純に往復するというのでは芸がない。そこで終着の甘木に着目すると、ここには西鉄の甘木線というのが乗り入れている。 片方はこれを利用すれば、単純往復しなくて済みそうだ。となると、問題は熊本方面から西鉄にどこで乗り換えるかだが、 西鉄とJRは博多〜大牟田間でほぼ併走しているにもかかわらず、 接続駅が大牟田ぐらいしかない(10分ぐらい歩けば乗り換えられる駅はあるが) ので、大牟田で乗り換えるという行程が自然と出来上がった。
 という訳で西鉄に乗り換えるが、次の列車には時間があるので 駅そば屋に入り、「丸天うどん」というのを食べる。丸いさつま揚げが入ったうどんで、 東京だと「おでんうどん」としてたまに見る組み合わせである。
 腹ごしらえを終え、西鉄の特急に乗る。西鉄特急といえばクロスシート車が入っているはず、 と期待したのだが、停車していたのはミントグリーンの通勤型車両だった。 どうやらラッシュ時はこれが特急運用に入るらしい。
 ロングシートに座り、大牟田を発車。最小の停車駅は新栄町。特急を停めるほどすごい繁華街とは思えないが、 炭鉱の華やかなりし頃はわざわざ特急を停めるほどの需要があったのだろう。 その後しばらくJRと併走した後、田んぼの中を一直線に進む。通勤型車両とはいえスピードはなかなかのものだった。 途中、単線区間があるのはやや意外だったが、途中の特急通過駅はいずれも非常に小さく、 それほど需要があるとも思えないような駅ばかりだったので単線でも裁けるのかもしれない。
 大牟田から30分で、久留米に到着。久留米で普通列車に乗り換え2駅、宮の陣で下車する。


天神行き西鉄特急。残念ながら通勤型車両での運転。

■ 宮の陣19:43発〜西鉄甘木20:20着 西日本鉄道

 宮の陣は西鉄の本線と甘木線が分岐する駅である。非常に古びた高架駅で、駅前は暗く静まり返っている。 そこでしばらく待ち、甘木行きの列車に乗る。 この列車は久留米方面から直通してきたようなので、久留米で待てば良かったのかもしれない。 列車は2両編成で、ワンマン装置のついた最新型車両であった。ラッシュ時だけあって車内は通勤客でほとんどの席が埋まっている。
甘木線は単線でスピードも出ず、駅の間隔も短いし、時々交換もある。乗っていて非常にまだるっこしかった。 途中駅で少しずつ通勤客を降ろし、終点の甘木に着いた。

■ 甘木20:44発〜基山21:11着 甘木鉄道

 西鉄の甘木駅と甘木鉄道の駅とは少し離れているようで、駅前の地図を参考に夜道を歩く。 途中迷わなかったので、5分と掛からずにたどり着いた。 甘木駅は甘木鉄道の車両基地になっているようで、多数の車両が留置されている。 そんな中、一両だけ煌々と明かりのついた車両が停まっているので、乗る。
 甘木鉄道は元国鉄路線であるが、 本数の少なさや並行する西鉄の存在により営業成績は悪く、廃止となり第三セクターに移行した。 移行後は増発や基山での接続確保による利便性向上により、第三セクター線でも優等生というべき営業成績を上げている。
 そんな甘木鉄道だが、時間が時間だけにがらがらだった。甘木を出てしばらくすると、高速道路が併走してくる。 大分道のようだ。沿線には九州道と接続する鳥栖ICもあり、九州の高速道路の心臓部となっている。 さらに進むと、線路は高架となって西鉄をまたぐ。ちょうど西鉄と交差するあたりに小郡駅がある。 西鉄小郡駅との乗換えが可能だ。さらに進むと、いきなり列車は停車した。周囲には駅も何もなく、 何だろうと前方を見てみると停止信号が出ていた。 どうやら信号所であるようだ。しばらくすると信号が青になり、列車は進みだした。 程なくして基山に到着。大急ぎで列車を降り、JR乗り場へ急ぐ。


駅構内の車庫に留置中の甘木鉄道の車両。何故か「卑弥呼」のラッピングが。

■ 基山21:12発〜鳥栖21:19着 247M 415(4)

 基山ではわずか1分の待ち時間で鳥栖方面行きの列車が来るので、大慌てで乗り場へ走った。乗り遅れても致命傷にはならないが、 もう時間も時間なので早く佐賀に着きたい。が、ホームに行ってみても 列車はいない。どうやら局地的な大雨のため、全体的に列車が遅れているようだ。
 数分遅れでやってきた普通列車に乗り、鳥栖へ。


基山の駅名標。両隣の駅はいかにもニュータウンといった駅名。

■ 鳥栖21:23発〜佐賀21:37着 2045M かもめ45号 885(6)

 鳥栖から佐賀まではそれほど遠くないが、次の普通列車まではやや時間がある。だが、特急かもめはすぐにやってくる。 いい加減疲れてきたので、やや贅沢だが佐賀まで特急に乗ることにした。鳥栖から佐賀まではちょうど25kmなので、 自由席特急料金は300円で済む。
 やってきた885系に乗り込み、空席を探して座る。短い時間ではあるが、 革張りのシートを堪能した。佐賀駅前のラーメン屋で博多ラーメンを食べ、ホテルへ。
 ホテルでテレビを見ていると、おりしも台風が九州西部に接近中だという。明日の行程に対する影響が懸念されるが、 天候ばかりはどうしようもない。とりあえず寝ることにする。


鳥栖からは「かもめ」の乗客となる。入口は宇宙船のよう。