2002/8/15
兵庫17:40発〜和田岬17:43着 533M 103(6)
話が前後するが、東京へ戻る2日前に神戸に行く用事があったため、
そのついでにラッシュ時以外の本数の少ないことで有名な「和田岬線」に乗った。
「和田岬線」という線名は正式なものではなく、実は山陽本線の支線である。
一方、同じような立地の「桜島線」は、
正式な独立線区として認められている。この辺の命名基準は、複雑な歴史的経緯があるのだろうがいまいち謎である。
新快速で三宮へ行き、向かいのホームの快速に乗り換える。
この辺の接続は実にうまくできていて感心させられる。快速で兵庫へ。
兵庫は高架駅だが、和田岬線のホームは地上にある。
そのため、本線と和田岬線を結ぶ連絡線が新長田方に延びている。
和田岬は無人駅なので、ホーム手前に改札機があり、和田岬までの切符をここで改札する。
しばらく待っていると青い103系が現れた。
以前は旧型客車や、片側のドアを撤去した怪しい気動車などが走っていたが、
最近電化されて平凡な103系に置き換わってしまった。
兵庫を出ると、平凡な市街地を電車はのろのろと走る。
ちょっと工場が増えてきたと思ったらもう和田岬に着いていた。ホームは意外と新しく、
改札口の混雑を避けるためホームから普通の道にショートカットできる階段が設置されている。
普通の駅では考えられないが、兵庫で改札を済ませているからこそできる芸当だろう。
和田岬〜三宮・花時計前 神戸市交通局海岸線
JRの和田岬駅は無人駅であるが、駅の目の前には結構立派な道路が走っている。
この道路の地下に、最近市営地下鉄海岸線が作られた。
これに乗って三宮に戻ることにした。
地下鉄に乗ると、夕方にもかかわらずホームには人影はまばらだ。
そもそも朝夕しか電車が走らないような場所なので、当然といえば当然か。
で、やってきたのは小断面のリニアモーター車4連、あの大江戸線のちょうど半分の輸送力だ。うーん、大丈夫かな海岸線。
ハーバーランドを経由して終点の三宮・花時計前に着く。
さんちかの外れのほうにあり、場所がやや分かりにくかった。
和田岬線の103系。
何の変哲もない103系に見えるが、実は専用編成。
平屋建ての和田岬駅舎。
2002/8/17
天王寺9:44発〜和歌山10:41着 107H 221(4)
天王寺駅の阪和線乗り場に行くと、221系が8連で入線してきた。
この列車は天王寺で切り離し、前の4両が9時44分発和歌山行き快速になるという。
なかなかややこしい。発車直前に駅に着いた人は焦るだろうな。
阪和線は元私鉄だけあって線路のそばまで家が建て込んでいて、高架化も進んでいない。
そこを快速はかなりのスピードで走るので、結構怖い。
東京で言うと京急の横浜〜川崎間に似ている。
大阪と和歌山の間には結構な山越えがあり、列車は細い渓谷に分け入り長いトンネルで峠を越える。
紀ノ川を渡って、和歌山着。
和歌山10:45発〜紀伊田辺12:33着 341M 113(4)
和歌山からは113系の普通列車に乗る。
まずは和歌山の市街を抜け、海南を過ぎたあたりで海岸を走る。
その後、箕島を過ぎると有田川に沿って内陸に入るため、しばらく海は見えなくなる。
その後も、やや内陸寄りを進むため意外に海は見えない。
このあたりは、かつては何本もの小私鉄が走っていた。
海南では野上鉄道と、藤並では有田鉄道と、御坊では紀州鉄道とそれぞれ接続していたが、
今や残っているのは紀州鉄道のみとなった。
その紀州鉄道が分かれる御坊を過ぎると、列車は長いトンネルで山の中を進むようになる。
とても海沿いという感じがしない。
そんな山越えを過ぎると、ようやく海沿いに出た。ここから先は結構急な海岸沿いを、海岸の地形を忠実に沿いながら走る。
そのため、かなり高い位置から海を臨むことができる。そして山側にはみかん畑が広がっている。
途中、集落が形成されているところに、必ずといっていいほど駅が作られている。
集落だけではなく、海沿いに巨大な工場が立てられている所もある。
12時33分、紀伊田辺着。ここは白浜の玄関口ということで、
大きな観光地図が駅前にあり、白浜方面へのバスも出ている。
阪和色の113系。この塗色も和歌山からは既に消滅。
紀伊田辺13:02発〜新宮15:03着 63M スーパーくろしお13号 381(6)
紀伊田辺で乗車券と特急券を買い、スーパーくろしおの自由席に乗車。
実はこの列車の直後に普通列車があるが、新宮での接続が悪く今日中に東京にたどり着けない。
しかも紀伊田辺〜新宮間は4ドアロングシートトイレなしの105系という強烈な車両が投入されており、
長時間乗る気にはとてもなれない。
紀伊田辺からは単線となるため、特急列車といえどもそれほどスピードは出さない。
紀伊田辺からしばらく走り、白浜に到着。ここで下車する人はそれなりに多い。
白浜から先はぐっと平地が少なくなり、山の中や険しい海岸沿いを縫うように走る。
振り子機能を装備した381系とあってもさすがにスピードは出ない。
当然、沿線の人家は紀伊田辺までよりも少ない。この区間の普通列車が非常に少ないのも分かる気がする。
山の合間に時折現れる海を眺めつつ、列車は進む。途中、串本や紀伊勝浦といった観光地を通るが、
夏休みの土曜日にもかかわらず乗客はそれほど多くない。時間が中途半端だからだろうか。
名古屋からの特急南紀も乗り入れる紀伊勝浦を出ると、新宮はもうすぐだ。
新宮に着く直前には、まっすぐな海岸沿いぎりぎりを走る区間があった。
スーパーくろしおで通過した区間の中では、このあたりが一番海がよく見えた。
18キッパー泣かせの車両として有名だった105系。
両端で顔が異なる。左側が原型で、常磐線・千代田線を走っていた頃そのままだ。
今はロングシートながら3ドアトイレ付の車両に置き換わった。
左はスーパーくろしおのパノラマグリーン車。ちなみに右は「普通の」くろしお。
新宮15:06発〜亀山20:11着 332C キハ11(2)
新宮からは3分の連絡で普通列車に乗り換える。ここからは管轄がJR東海に変わる。
車両も振り子特急から気動車2両に変わり、
ぐっとローカル感が出てくる。とはいえ、熊野市までは結構乗客が多い。
列車は新宮を出るとかなり川幅の広い熊野川を渡り、熊野市へ向かう。
熊野市までは割とまっすぐな海岸が続いており、時折海を見つつ列車は順調に進む。
熊野市でかなりの乗客を下ろすと、海岸はとても険しくなる。
険しすぎて線路を引けないので、列車は長いトンネルで通過する。
トンネルとトンネルの間のわずかな明かり区間に駅があり、小集落がある。
そんな車窓がしばらく繰り返しつつ、尾鷲へと向かう。
熊野市から尾鷲までは紀勢本線の中でも難工事だった区間だそうで、この区間が全通したのは昭和30年代だそうだ。
確かに、戦前の技術力ではこんな長大トンネルを何本も掘ることはできないだろう。
日本一降水量が多い地帯として知られる尾鷲を過ぎ、その後も山越えのトンネルを何本も通り抜けて紀伊長島駅に到着。
この列車は、紀伊長島で20分以上停車する。
紀勢東線の普通列車はどれものんびりしていて、中には途中駅で2時間近く停車するものもある。
なので20分はまだいい方だろう。
紀伊長島からは海岸を離れ、伊勢市に注ぐ宮川の上流部まで一気に高度を上げる。
荷坂峠と呼ばれ、昔から難所といわれてきた場所だ。
紀伊長島から梅ヶ谷までの一駅区間で一気に峠を越え、川沿いに走り始める。
川に沿ってだんだんと下り、参宮線との合流駅の多気に着く頃にはだいぶ日が暮れてきた。
多気でもしばらく停車するので、駅前をぶらぶらしてみた。しかし何もない。
運転上重要な駅にもかかわらず改札は無人で、乗車証明書発行機が置いてあった。
多気では鳥羽からの快速みえに追い越される。これに乗れば8時半には名古屋につくことができる。
しかし、そうすると津〜亀山間が未乗となってしまう。我慢して亀山までこの列車に乗りとおすことにした。
松阪、津と止まり、終点の亀山に着く頃は外はもう真っ暗だった。
結局、新宮を発車してから実に5時間もの間、普通列車を乗り通したのだった。
5時間も走り続ける普通列車というのも、今や貴重だ。
新宮から乗車したキハ11。他のJR東海の新車同様、前面が白い。
亀山20:21発〜名古屋21:31着 1352M 313(2)
亀山駅は人気がなく静まり返っていた。かつての栄光からかホームや跨線橋はやたらと立派で、
その分余計に寂しい雰囲気をかもし出している。
今日の仕事を終えた213系が留置してあるが、電気が消えておりこの状況で見るとなんだか不気味だ。
亀山からは関西本線に入る。外は見えないが、この区間は乗車済みなのでまあいいだろう。
電車は新型の313系だ。ワンマン化のためとはいえ、
こんな線区にバンバン新車が入るあたりにJR東海の財力が垣間見える。
JR西日本だったら213系を無理やりワンマン改造して終わりだろうな。(現に岡山はそうだし)
途中駅では大して乗り降りもないまま、名古屋着。
亀山駅で休む車両。
名古屋21:47発〜東京23:42着 ひかり134号
ということで、名古屋からは新幹線で一気に東京へ。 あの寂しい山奥から東京までその日のうちに帰れるなんて、不思議な感じがした。
名古屋で見かけた、営業終了間近の100系。