日本縦断 夏列車の旅(その2)

目次

2009/7/28

 7月の終わり、久々の泊まりがけでこれまた久しぶりとなる北東北へと出かけた。 この旅行のお目当ては「リアスシーライナー」という臨時列車である。 今回は始点の八戸から終点の仙台まで乗り通そうと思う。
 せっかく北東北まで行くので、初日は青森まで花輪線や五能線を乗り継いで行くことにした。 どちらの路線とも、2002年の夏に一度乗車して以来乗っていないので、 7年ぶりに乗車してみたいと思う。 2002年の旅の再現を狙ったのだが、予想外のトラブルもあり、予定通りには行かなかった。

■ 東京6:56発〜盛岡9:22着 はやて1号

 早朝の東京駅、東北新幹線ホームへとやってきた。 夏真っ盛りではあるが、曇っていてホームに差し込む日差しはそれほど強くない。 東北地方も天気はあまり良くないというので、長袖が手放せない旅になりそうだ。
 始発の「はやて」に乗り、まずは盛岡を目指す。 今回利用したのは「えきねっと」限定で購入できる「トクだ値」という割引きっぷ。 乗り遅れると乗車券・特急券もろとも無効になるというのが怖いが、 「はやて」の場合1.5割引となる。
 東京を出て、上野、大宮に停車すると、列車は一路仙台を目指す。 宇都宮を過ぎると日光や那須の山々が見えてくるはずだが、 今日は雲にさえぎられてよく見えない。
 そんな光景を見つつ、東京駅で買った「JTB時刻表1000号はっこう弁当」を開く。 その名の通り、JTB時刻表の1000号を記念した弁当で、「発行」と「発酵」を掛けて、 発酵食品を用いた弁当になっている。 魚醤を用いた煮物というのもあって面白い。
 ・・・と、ここで異変が起きた。 郡山を過ぎてしばらくしたところで、列車が緊急停車してしまったのだ。 車内放送では線路内に公衆立ち入りといっていたが、詳細はよく分からない。 結局10分ほどすると、しばらく徐行しながらも現場を発車した。 結局その遅れを引きずり、仙台には10分ちょっと遅れて到着。 盛岡では20分以上乗り換え時間があるので、このままの遅れで走ってくれれば何とかなるだろう、 そう思っていた。
 が、仙台では車両点検をするとかで10分経っても発車しない。 結局遅れは30分近くに拡大。このままだと、これから乗る予定の花輪線の列車に間に合わない。 車内放送では、八戸からの「白鳥」とは接続を取るといっているが、 花輪線に関しては言及がなかった。後から思えば、 車掌に頼んで花輪線と接続を取るよう列車指令に頼んでもらえばよかったのだが、 そのためには花輪線の発車を5分ほど遅らせればいいだけであり、 それくらいは盛岡駅が気を利かせてくれるだろうと思って何もしなかった。
 結局花輪線の発車時刻を1分ほど過ぎたところで盛岡駅に到着。 とりあえず花輪線の乗り場に走る。花輪線はJRホームではなく、 IGRいわて銀河鉄道の乗り場から発車するため、少し遠いのだ。 改札口で花輪線との接続を取っているか聞いたところ、「銀河鉄道の乗り場で聞いてください」とのこと。 この辺で少し嫌な予感がした。
 なおも走り、ようやく乗り場に着くと、ホームはもぬけの殻。 駅員に聞くと「さっき出しちゃいました」とのこと。接続してくれなかったか・・・。
 思うに、花輪線がJRの在来線ホームから発車していた時代ならばきっと接続を取ってくれたと思う。 しかし、今や花輪線は私鉄であるいわて銀河鉄道の管轄下に(盛岡駅に関しては)入ってしまっている。 その為、今回のような異常時に連携が取りにくくなっている店は否めないだろう。 何というか、並行在来線の3セク化の弊害を垣間見せられた気がした。
 しばし呆然としていると、後から数人のビジネスマン風の人が同じ事を駅員に聞いていた。 次の列車が出るのは実に12時すぎ。物見遊山で来ている私はともかく、 ビジネスで花輪線に乗ろうという人はどうするんだろう。

 後日確認したところによると、件の「公衆立ち入り」の真相は、 線路に架かる陸橋から飛び降りた人が線路上に倒れていたというものだったらしい。 非常に不謹慎ながら、万が一乗っていた列車がその人を轢いてしまっていたら、 30分やそこらの遅れでは済まなかっただろう。そういう意味では不幸中の幸いだった。


東京から「はやて」号に乗るのは実に6年ぶりだったが・・・。


東京駅で購入した「JTB時刻表1000号はっこう弁当」。

■ 盛岡駅前10:40発〜大館駅前13:00着 岩手県北バス

 いくら嘆いたところで、逃した列車が戻ってくる訳でもない。 すぐに頭の中で善後策を考える。 とりあえず「リゾートしらかみ」には乗りたいので、最悪14時過ぎまでに秋田に着けばよい。 しかし放送によると、後続のこまち3号は途中駅で抑止されており、 大幅に到着が遅れるという。従って秋田新幹線経由でちゃんと行けるかどうかも怪しいし、 そもそも運賃が高い。こういうときに普通乗車券を持っていれば、花輪線に乗り遅れたことを理由に、 秋田新幹線にタダで乗せてもらうなどの交渉のしようもあるが、 いかんせんこれから利用する予定だったのは18きっぷであり、そういった救済措置にも期待できない。
 そういえば、花輪線といえば並行する高速バスに乗客を奪われたんだよな・・・、と考え、 ならば高速バスで追いつけばいいのではないかという結論に至った。 問題はバスがあるかどうかだが、バス停で確認すると、あと30分ほどでバスが来るという。 大館到着は当初予定より20分ほど遅れるが、元々大館では1時間も待ち時間がある予定だったので問題はない。 バスの車窓から、いくらか花輪線に乗った気分が味わえるのではないか、との期待もあった。
 そんな訳で、大館行きの高速バスに乗り込んだ。鹿角花輪までは東北道を走り、 そこから大館までは一般道を走るそうだ。それでも花輪線に比べて所要時間は30分以上も短い。
 盛岡駅を発車したバスは、市内をしばらく走った後東北自動車道へ入る。 インターから少し走ると周囲は早くも深い森となる。 このあたりは花輪線とは離れており、線路も見えない。 時折見える家並みは、屋根瓦ではなくトタン板を葺いた雪国独特のもので、 遠くに来たんだなあと実感する。
 車内で、盛岡駅で購入した弁当を食べる。 今度の駅弁は「岩手のおべんとう」といい、その名の通り岩手県の食材を用いている。 中身はまあ普通の幕の内であった。
 左に岩手山を見つつ高速道路を快走するうちにだんだんと高度が上がり、 松尾八幡平や安比高原あたりの高原地帯に入る。 この辺の山並みは以前花輪線に乗ったときにも見えたのを何となく覚えている。
 長いトンネルを抜け、二戸の方に注ぐ馬渕川の水系に入ってすぐ、ようやく花輪線の線路が見えた。 ホーム一本の小さな駅がある。場所的に赤坂田駅のようだ。 やがて東北道と八戸道が分かれるジャンクションを過ぎ、再び長いトンネルを通って今度は米代川の水系を走る。 遮音壁の合間に時折ではあるが、花輪線の線路と米代川の清流が見える。 いい眺めだが、花輪線の車窓から見たらこの高速道路がさぞかし邪魔だろうと思う。
 バスは田山と湯瀬のパーキングエリアに連続して停車する。 湯瀬では立派な温泉ホテルの建物が見えた。 米代川の渓流が開けて平地が見えてきたところでバスは高速を降り、鹿角市街を走る。 列車から見たところ、この辺はかなり寂しい土地に見えたのだが、国道沿いには店舗も多くあり、 そんなに寂れたところには見えない。やはり今の時代、店などは国道沿いに集中するようだ。
 やがて、バスは鹿角花輪の駅前で停車した。列車の本数は少ないものの、 駅舎では旅行センターや駅そば店も営業しており、町の玄関駅としての体裁を整えた駅だ。 鹿角花輪で数人の客を降ろし、バスは国道をさらに進んでいく。 途中から市街を迂回するバイパスを通ったため、スイッチバック駅である十和田南駅は見えなかった。
 バスは西へ進路を変え、すっかり太い流れとなった米代川沿いを進んでいく。 道路からは花輪線の線路がよく見える。線路沿いには電柱などは立っていないため、 気をつけないと見失ってしまう。それにしても、普段は線路から車窓を眺めてばかりいたのが、 今日は車窓から線路を眺めるという妙なことになっている。ある意味新鮮ではある。
 やがてバスは大館市内に入り、秋北バスターミナルというところに停車する。 ここはビルの1階にある立派なバスターミナルで、上階は大きなホテルとなっている。 大館というと、少し寂れた感のある大館駅の周辺しか立ち寄ったことがないので、 これだけ大きな施設が市内にあるとは意外だった。
 大館の市街を抜け、やがて終点の大館駅前にほぼ定刻に到着。 当初予定していた花輪線の列車より、わずか20分ほどの遅れで到着できたわけだが、そういう問題ではない。 やはり列車で大館に降り立ちたかった。


盛岡駅弁「岩手のおべんとう」をヤケ食い(?)。


新幹線の遅延で乗り損ねた花輪線キハ110。大館駅にて撮影。

■ 大館13:47発〜東能代14:34着

 先程見たように、大館の街はそれなりに大きいのだが、 いかんせん大館駅の周辺には商店などは少なく、暇がつぶせそうな場所もない。 仕方なく、高校生のたむろする待合室で列車を待つ。冷房がかかっているわけでもないので、暑い。 高校生たちは当然秋田弁をしゃべっているが、お年寄りの話す秋田弁と違って、 秋田と縁のない私にも割と理解しやすい。テレビ等の影響で標準語が混じっているのだろうか。
 名物駅弁の「鶏めし」を買ったりしながらしばらく待ち、改札が始まったのでホームへと向かう。 秋田行きの列車に乗り込む前に花輪線の乗り場に行き、本来乗るはずだったキハ110を写真に収めた。 以前乗ったときは国鉄型の気動車だったのだが、近年水郡線から捻出されたキハ110に置き換えられた。
 秋田行き普通列車は、701系の5連であった。2連とかが通常の編成であるこのあたりではかなり長い編成で、 先頭車はがらがらだった。大館を発車した列車は、かなりのスピードで飛ばす。 このあたりの奥羽本線は駅間が長い上線形が良く、線路の規格も良いため、下手な特急ばりの豪快な走りが見られる。
 列車は単線と複線が入り混じった線路を進み、鷹巣に着く。秋田内陸鉄道に乗りに来て以来の訪問である。 鷹巣では、遅れている対向列車との行き違いのためしばらく停車した。 やってきたのは、青森行き特急「かもしか」であった。例の事故の余波だろう。
 引き続き701系は俊足を飛ばして快走する。大きな鉄橋で米代川を渡ると、やがて東能代に着いた。 この東能代も市街からは遠く離れていて、駅前には一軒の店もない。 仕方なく待合室で列車を待つ。

■ 東能代15:09発〜川部18:08着 リゾートしらかみ5号

 しばらく待ってホームに向かうと、快速「リゾートしらかみ」がやってきた。 この列車に乗るのは2回目だが、当時はまだ1往復しか運行がなかった。 好評なのか今ではずいぶん増発され、最大3往復体制で運転されている。 そのため専用編成も3本あるが、今回乗ったのは「青池」編成である。 前回もこの編成に乗った記憶がある。
 この列車、3両編成のうち2号車はグループ客用のコンパートメントになっていて、 前回は何も知らずにこの席を予約してしまいえらい目にあったが、 今回はしっかり1号車の窓側、しかも海に面した席を押さえておいた。
 列車は東能代を出て程なく能代に着く。能代はその名の通り能代市の中心駅で、 列車本数の少ない五能線も東能代−能代間のみはかなりの本数がある。 能代を出るとすっかり大河と化した米代川を渡り、水田地帯を進む。 しばらく走ると、集落の向こうに早くも海が見えてきた。
 海沿いの集落が尽きてきたところで、列車はあきた白神に着く。 駅前には観光施設が建っている。女性駅長のお迎えもあった。 秋田県最後の駅となる岩館を出ると、いよいよ車窓には道路以外の人工物が見えなくなる。 車内では「トンネルを2つ抜けたところで一番の絶景ポイントがあります」との放送が流れる。 実際にその箇所に到達すると、列車は速度を下げた。確かに目の前に海が広がるが、 線路はやや高いところまであり、海面までやや距離がある。 砂浜ではなく、大きな石がごろごろ転がる海岸だ。 日本海というと荒れているイメージがあるが、この日は非常に穏やかで、あまり波も立っていない。
 しばらく無人の海岸を進むと、やがて十二湖駅に着く。 この駅からは十二湖に向かうバスが出ている。十二湖は沿線随一の観光地とあって、 この駅から乗車してくる観光客も結構多い。
 十二湖を出ると、線路沿いにようやく集落が開けてくる。 また、線路も水面近くに近づき、砂浜も見られる。 陸奥岩崎という、このあたりの集落の中心と思われる駅があるが、 リゾートしらかみは観光客目当ての列車とあってかあっさりと通過する。 やがて、ウェスパ椿山に到着。駅前にはヨーロッパ調の真新しい建物が建っている。 温泉やホテルがあり、一種のリゾート地となっている。この駅からの乗車も多く、 窓際の席はほぼ埋まった。
 ウェスパ椿山を出て、日本海に突き出た港の突端にある艫作を過ぎても、 引き続き列車は海沿いを走る。線路からちょっと歩けばすぐ水面があるという箇所が続く。 海が荒れているときは大丈夫だろうかと思う。
 やがて、列車は沿線の中心駅である深浦に到着する。 小さな町ではあるが、このあたりではかなり規模の大きい集落である。 ここで、上りの「リゾートしらかみ4号」とすれ違う。 前回乗車したときはこの深浦で随分長く停車し、途中下車したものだが、 今日はあっさりと発車するため下車はできない。駅舎などは当時と変わっていないようだ。
 深浦を出てすぐ、行合崎という岬がある。このあたりは岩が真っ赤で独特な形をしており、 アメリカのグランドキャニオンの岩を切り出してきたような独特の風景が広がる。 深浦を出ると、追良瀬、驫木、風合瀬と海沿いの小さな駅が続く。 特に驫木などは海から近く、時化の時などは海水に浚われそうだ。
 やがて列車は千畳敷駅に着く。駅を出てすぐに、千畳敷の様子を列車から見ることができる。 昔、殿様が千畳の畳を敷いて宴会をしたという言い伝えからその名がついた千畳敷だが、 岩はごつごつしていて、座ると痛そうだ。 千畳敷を過ぎても、まだまだ海沿いを走る。列車から海が見えるとうれしいものだが、 これだけ続くともうお腹いっぱいという気がしてくる。ただ、これだけ海が見える路線というのは他になく、 「クルージングトレイン」という列車の愛称に偽りはない。
 久しぶりに大きな集落が現れると、まもなく鯵ヶ沢に着く。 鯵ヶ沢を出てしばらくすると列車は右にカーブし、長く寄り添った日本海とようやく別れる。 ここから先は田んぼなどが広がる内陸部を進む。 リゾートしらかみの先頭部は、フリースペースの展望デッキとなっていて、 椅子に座って前面展望を楽しめる。鯵ヶ沢を過ぎる頃には誰も寄り付かなくなっていたので、 ここに座って前面展望を楽しんだ。
 土偶をかたどった駅舎で知られる木造を過ぎると、列車は五所川原に停車する。 ここからは津軽鉄道という私鉄が北に延びていて、冬はストーブ列車を走らせることで知られている。 寄り道して乗車することも検討したが、もう日が暮れそうな時間であることと、 帰りの乗り継ぎが悪く青森到着が9時を過ぎることから今回は断念した。 東北新幹線の新青森延伸の時にまた乗りつぶしに来るだろうから、そのついでにでも乗ろうかと思う。
 りんごの産地の板柳を過ぎると、沿線は一面りんご畑となる。 りんごの木からは枝は何本も横に伸びていて、つっかえ棒のようなもので支えられている。 実がつくと自力では支えられないからだろうか。
 やがて列車は奥羽本線と合流し、川部に着く。 この列車は川部を出ると一旦弘前まで南下し、折り返して青森に至るというまだるっこしい経路をとる。 そのため、川部で青森行き普通列車に乗り換えた方が20分以上早く青森に着く。 もう日も暮れかけていることだし、川部で乗り換えて先を急ぐことにする。


2001年以来の乗車となる「リゾートしらかみ」青池編成。あの頃に比べると僚友も増えた。


岩館の少し先、秋田と青森の県境付近の絶景。


深浦の少し先には、日本離れした赤い岩の海岸が続く。

■ 川部18:30発〜青森19:06着

 川部は、周囲にりんご畑の広がる小さな駅である。 ホームの待合室でしばらく待っていると、青森行きの普通列車がやってきた。 列車は701系の2連で、車内は混んでいた。 実はこれは想定の範囲内で、弘前のような地方都市を夕方に出る列車は案外混むのだ。 ただし、乗客の「足」が短いのも地方都市の特徴で、川部でも結構な下車があり無事座ることができた。
 途中駅に停車するごとに乗客を吐き出し、浪岡を出る頃には立つ人はほとんどいなくなった。 津軽地方と陸奥地方を分ける大釈迦峠を長いトンネルで越えると、もうすぐ青森である。
 青森の手前の新青森には、巨大な建築物が出来上がっていた。 2010年に青森まで延伸予定の東北新幹線の駅である。 ぱっと見ほとんど完成していて、いつ新幹線が来てもおかしくない感じであった。 行く行くは、この新青森から北海道に向かう特急が発着するのだろう。
 やがて列車は左へとカーブし、青森駅に到着した。 この駅、最近は通過することが多く、降り立つのは久しぶりだ。 まして宿泊するのは初めてである。
 荷物をホテルに置き、駅前を散策していると、駅前に若者向けのショッピングセンター、 東京でいえば渋谷の109のようなビルがあった。 このビルは非常にユニークで、1階から4階が店舗、5階から上が図書館、 地下が函館朝市のような市場という妙な取り合わせになっている。 特に図書館は夜9時まで開いており、何につけても店じまいが早い地方都市にしては珍しいなと思った。
 また、青森はねぶた祭を翌週に控えており、 デパートでは祭に参加するための衣装を売っていた。 来週はホテルが取れないほどの混雑になるのだろう。


青森駅に着くと、大阪行き寝台特急「日本海」が発車を待っていた。

2009/7/29

 今日はいよいよ「リアスシーライナー」に乗る。 この列車は仙台から太平洋岸を進み、三陸地方のローカル線を延々と10時間以上走って八戸に至る臨時快速列車である。 臨時列車ながら、昼行の普通列車では全国最長の走行距離を誇る列車である。
 この列車には2002年に一度乗車しているが、当時は盛で下車してしまい全線乗車は果たしていない。 そこで、今回は八戸から仙台まで通しで乗ってみることにした。 2002年当時は10日以上運行日があったと思うのだが、 だんだんと減ってしまい今年の八戸発の運転はわずか2日しかない。 このまま消えてしまうのではないかという思いもあって、今回乗ることにした。

■ 青森6:44発〜八戸7:45着 つがる6号

 翌朝、早起きして例の市場に出かけた。 店はあまり営業していなかったが、食堂が開いていたのでそこでマグロ丼を食べた。
 駅に向かい、八戸行きの特急「つがる」に乗る。 本州内で完結する列車だが、JR北海道所有の789系での運転であった。 今回は北海道には足を伸ばさないが、気分だけは北海道に行ったつもりになった。
 東京や仙台に向かうビジネス客が多いせいか、青森を出る頃には窓側の座席が全て埋まった。 青森駅を発車し、青森の市街を抜けると陸奥湾が見えてくる。 浅虫温泉を過ぎても、ときおり山に入りつつも列車は海沿いを走る。 やがて、列車は野辺地に着く。駅の裏側は立派な防雪林となっている。 このあたりの線路沿いには防雪林が植えられている。
 野辺地を出ると、列車は荒涼とした田園地帯を進む。 三沢で乗客が若干入れ替わり、引き続き荒野をひた走ると、終点の八戸に着く。


「つがる」は本州内で完結する列車ながら、一部の便はJR北海道の789系で運転される。

■ 八戸8:11発〜仙台18:56着 快速リアスシーライナー

 さて、これからいよいよこの旅行のメインであるリアスシーライナーに乗る。 列車の発車する乗り場へ行くと、早くも列車を待つ長い列ができていた。 平日でもあるし、せいぜい暇なマニアが10人ぐらいしか乗らないんじゃないのと高をくくっていたが、 どうやら鉄道マニアが各地から集結しているようで、予想外の混雑である。 「つがる」から乗り換えた客も列に並び、ますます列は長くなった。
 8時を過ぎ、列車の入線時刻になってもなかなか列車は来ない。 何でも車内の蛍光灯を交換しているとかで遅れているようだ。 その間にも列は長くなり、列の並び方で駅員と乗客の間にトラブルまで起きる始末で、殺伐とした空気が流れる。
 15分頃にようやく列車がやってきて、順に乗り込む。 車両はJR東日本の「Kenji」というジョイフルトレインで、 先頭部が名鉄のパノラマスーパーそっくりの展望席となっている。 そっちには早くから並んでいたマニアが流れ込んだので、 とりあえず海寄りの窓側でかつ窓位置のいい席に座った。
 窓側席があらかた埋まった状態で八戸を発車する。 右にカーブして東北本線と分かれると、列車はいきなり交換待ちのため停車してしまった。 ここは八戸貨物駅という貨物専用駅で、八戸行きの普通列車と行き違いをする。 貨物駅を出てしばらくすると、線路が何本か分岐していった。八戸臨海鉄道の線路だろうか。
 程なく、本八戸駅に着く。ここが八戸市の中心部で、非電化ローカル線の駅ながら高架化もされている。 この駅でも普通列車と行き違いをする。この時間帯はかなり列車密度が濃いらしい。 本八戸を出ると津軽湊、鮫と停車する。どちらも周囲はいかにも漁港といった感じだ。
 鮫を出ると、早くも海が見えてくる。途中には伊勢の夫婦岩そっくりの岩もあり、 車掌が案内放送をしていた。この頃は乗客もまだ元気があり、しきりに写真撮影などをしていた。 青森県最後の駅である階上あたりで畑や集落が尽き、以降は寂しい山の中を進む。いつしか海もあまり見えなくなった。
 見えなくなっていた海が再び姿を現すと、まもなく陸中八木に着く。 ここを過ぎるといよいよ海沿いを走るのが難しくなって、列車は山の中へと入る。 勾配は結構激しく、列車のスピードは出なくなった。 今乗っている「Kenji」は、車体こそ改修されて新しく見えるが、 元の車両はキハ58という古いものであるため、新型の気動車に比べるとかなり非力で、勾配に弱いのだ。
 急な坂を何とか登りきると、侍浜という駅に着く。駅名におおよそ似つかわしくない山中の駅である。 侍浜を出ると今度は坂を下っていく。再び海沿いに出たところで、久慈に到着である。 久慈では20分程停車するというので車内の客はみな車外に出て、 買い物をしたり列車の写真を撮ったりと思い思いに行動している。 ホームには特設の売店が設けられ、焼きたてのホタテやイカが売られている。 八戸で食料を仕入れ損ねたので、今後のことを考えてホタテやイカを購入しておく。
 久慈はJR八戸線の終点であり、ここから先は三陸鉄道北リアス線に乗り入れる。 このリアスシーライナーは三陸鉄道が主体となって企画しており、 列車に対する力の入れ方もJRとは全然違う。八戸線内では車掌が一人乗務していただけなのに対し、 北リアス線に入ると車掌、車内販売員、アテンダント、 そして「三陸鉄道応援隊」という法被を着た謎のおじさんがぞろぞろと乗ってきた。
 久慈を出ると、2本の長い橋梁が連続して現れる。北リアス線屈指のビューポイントだそうで、海がよく見える。 列車はその都度橋の上で速度を落とし、観光案内をしていた。 ただ、この日は霧が濃く、地平線が薄ぼんやりとしか見えなかった。
 最初の停車駅である野田玉川を出ると、車窓はトンネルの連続となり海は見えなくなった。 北リアス線は国鉄再建が叫ばれていた頃に作られた線で、割と新しいためトンネルを多用しているのだ。 そのためスピードは出るのだが、観光客向けの観光列車を走らせている三陸鉄道にとっては泣き所だろう。
 車窓の代わりに、とばかりに車内では様々なイベントが行われる。 まず、車内限定の駅弁の販売が始まった。弁当は好評で早々に売切れてしまい、 急遽宮古駅で追加の弁当を取り寄せることとなり、希望者は申し出るようにという放送が流れた。 この先食料を調達できるか分からないので、予約をお願いしておく。
 次に、アンケートとクイズ、そしてシーライナー乗車証明書が配布された。 クイズの解答用紙を南リアス線内で係員に渡すと、 正解者に商品が送られてくるらしい。問題はなかなか難しく、 「リアスシーライナーが運行開始した年は?」「全国の非電化区間で最長のトンネルはどの線区にある?」 といった難問ぞろいだった。この他、沿線の岩泉町の天然水の配布もあった。
 北リアス線に入ってだいぶ経ってから、ようやく車掌が回ってきた。 当然ながら18きっぷでは三陸鉄道に乗れないため、18きっぷ所持者に対してのみ発行される 「三鉄とく割フリーパス」というのを買う。北リアス線用は900円で、 普通乗車券の半額である。
 そうこうしているうちに、列車は宮古に着く。ここでも20分ほど停車する。 ホームでは乗客にお茶が振舞われた。駅にはそば屋もあり、ここで昼食をとる客もいる。 長い停車の後、久慈から乗り込んできた三陸鉄道の人たちに見送られ、列車は宮古を発車する。
 再びJR線に入り、今度は山田線を走行する。 海が見えるのは宮古付近だけで、あとは山の中を進む。津軽石を出ると再び山越えとなり、 列車の速度が落ちる。宮古で買った「海女弁当」を食べると、やや眠くなってきた。 八戸出発から4時間を過ぎ、雨も降り出してきて、車内には気だるい雰囲気が漂う。
 車窓に製鉄所の煙突が見えてくると、程なく列車は釜石に到着する。 駅の裏には釜石製鉄所の工場が建っている。この釜石でも20分ほど停車するので、 改札の外に出てみる。駅舎の中にはコンビニもあり、土産物を買ったりして時間をつぶす。
 列車に戻ると、今度は三陸産のワカメが乗客に配布された。土産が手に入ってありがたいことだ。 釜石を出ると、今度は三陸鉄道の南リアス線に入る。 釜石を出てすぐに車掌が検札に来て、南リアス線の乗車券を買う。 南リアス線も北リアス線同様トンネルが多く、車窓はあまりよくない。 たまに遠くの方に海が見えるが、この日は霧が濃く、水平線は薄ぼんやりとしか見えない。
 リアスシーライナーは臨時列車であるが、この南リアス線の区間だけは定期列車の「スジ」で走る。 そのため、南リアス線内では各駅に停車し、一般客も乗ってくる。 どこかの駅から子供連れの団体が乗ってきて、車内は賑やかになった。 しかし彼らからすると、普段どおりに列車に乗ろうとしたら、 いきなり目の前に鉄道マニア満載の混雑した列車が現れたのだから、いい迷惑だろう。
 また、その他にもハプニングがあった。発車してすぐから不調気味だった列車のトイレが完全に故障し、 列車の全てのトイレが使用不能となってしまった。車掌はこの対応に追われていたようだ。
 綾里で下りのリアスシーライナーと行き違いをすると、 南リアス線の終点の盛に近づく。途中、謎の線路と立体交差した。 最初は大船渡線かと思ったが、隣の席から「岩手開発鉄道だよ」という声が聞こえた。 同じような疑問を持った人がいたようだ。 また、盛では列車の方向が変わるらしい。これも全く気付いていなかった。
 やがて、列車は盛に着く。盛ではホームに臨時の売店が設けられ、 三陸鉄道のグッズが販売されていた。私は買わなかったが、そこそこ売れていたようだ。 盛でも停車時間が長いので、駅の外に出てみる。釜石や宮古に比べても駅の規模は小さく、売店などもない。
 列車は進行方向を変え、三陸鉄道と別れて大船渡線に入る。 大船渡を出ると、列車は大船渡湾を見下ろしながら走る。海には生簀のようなものが浮かんでいる。 牡蠣でも養殖しているのだろうか。降り続いていた雨もようやく止んだ。 時折見える海を反対側の窓から眺めつつ進むと、陸前高田に着く。
 ここで、北リアス線で渡されたアンケートの回収に来なかったことに気付いた。 北リアス線の分と合わせると一枚になるという、シーライナー乗車証明書も、南リアス線の分は配布されなかった。
 陸前高田を出ると、列車は再び山越えに挑む。 勾配を登るうち、周囲には集落がなくなり、まともな道路すらなくなった。 海沿いの路線のはずだが、これほどの峠越えがあるのかと思う。 あるいは、キハ58が低性能なので厳しい勾配に感じられるだけだろうか。
 峠を越えると、列車は気仙沼に着く。ここでも例によって10分ほど停車するので、 下車してみた。駅の中のコンビニに行くと、駅弁を持って列に並んでいる人が何人もいた。 どうやら気仙沼では駅弁を販売しているようだ。ただし数は少なく、早々に売切れてしまっていた。 中には予約をしている人もいて、準備のいい人もいるものだと思った。 こちらは気仙沼で駅弁を売っていることすら知らなかったというのに。
 気仙沼からは気仙沼線に入る。南気仙沼を出ると、再び海が見えてきた。 松林の向こうに砂浜がちらちらと見える。 この気仙沼線内の停車駅設定はけっこう謎で、それほど大きい駅でもない大谷海岸駅に停車する一方、 町役場もある本吉駅は通過となる。一応、観光需要が少しでもありそうな駅に停車することにしているのだろうか。
 本吉から先は三陸鉄道線内と同様、トンネルが連続する。 日も傾いてきたし、もういい加減乗車時間も長いので尻が痛くなってきた。 仙台までまだ2時間もかかると思うと正直うんざりしてくる。
 志津川で長らく寄り添ってきた太平洋と完全に分かれ、列車は長いトンネルに突入する。 トンネルを抜けると内陸に入り、水田の広がる平地を進む。
 途中、陸前豊里という小駅に停車する。本来、行き違いのための運転停車のはずなのだが、 列車のトイレが故障しているため臨時にドア扱いをするという。 ここから先は長時間停車する駅はないので、ここでトイレに行っておいて下さいということのようだ。 さっそく下車してトイレに向かう。周囲には田んぼの広がる静かな駅だが、 駅舎には産直ショップがあり、野菜などが売られている。 駅の人も、突然鉄道マニアが押しかけてきて驚いたことだろう。
 やがて列車は前谷地に着く。先程の陸前豊里と似たような規模の小さな駅だが、 気仙沼線が分岐し、この駅を起終点とする列車もある。 次の停車駅である涌谷では、DLが牽引する貨物列車とすれ違った。 今やローカル線の貨物列車は絶滅寸前なので、貴重な光景といえる。
 引き続き水田の中を走り、やがて東北本線と合流して小牛田に着く。 東北本線に入ると、列車はこれまでで一番の俊足で夕闇の中を飛ばす。 往年の東北急行を髣髴とさせるキハ58の走りも、今ではこのような臨時列車でしか見られなくなった。 折りしも帰宅ラッシュの時間で、すれ違う東北本線の列車はどれも6両以上と長い編成を組んで走っている。
 それにしても、八戸から乗った客の8割以上が途中で下車することなく、 いまだにこの列車に乗り続けているのには驚いた。おそらく、みな仙台まで乗り通すのだろう。 人のことは言えないが、酔狂な人が世の中には多いものだ。
 ところで自分の横の席には、八戸を出て以来二十歳ぐらいの若い女性が座り続けている。 発車間際になってふらりとやってきたので、 てっきり八戸線内のみを利用する短距離客だろうと思っていたが、このまま仙台まで行くようだ。 途中カメラを片手に車窓を撮影していたので、きっと鉄道ファンなのだろう。 検札の時に「北海道・東日本パス」を手にしているのを見たので、 北海道方面から延々と普通列車で南に下っているのだろうか。
 最近は女性の鉄道ファンも増えているらしいので決して珍しい光景ではないのだろうが、やはり気になる。 彼女は何者なのか、どんな行程でどこへ向かっているのか、そしてマニアだらけのこの列車に乗り続けて何を思うか、 非常に気になるので是非話しかけてみたかったのだが、 途中からずっとイアホンで音楽を聴いており、残念ながら話しかける機会を逸してしまった。
 最後の停車駅である松島を過ぎると、仙台はもうすぐだ。 途中、仙石線と少しだけ併走する。水色の帯を巻いた205系がちらりと見えた。 岩切で利府からの支線と合流し、仙台駅の手前のカーブをのろのろと走って、 ようやく仙台駅に到着した。八戸を出てから実に10時間以上、 八戸線を走っていた頃が遠い過去のように感じられた。


「リアスシーライナー」に初めて起用されたリゾート列車「Kenji」。久慈駅にて。


北リアス線内では、写真のような景勝地で一時停車してくれる。


昔ながらの風情が残る宮古駅舎。「リアスシーライナー」では貴重な食料調達の場である。


山田線、釜石線、三陸鉄道が交わる釜石駅。時計の後ろには歯車をかたどった円盤がはめ込まれている。


盛駅にて停車する列車。乗り換え案内看板には吉浜までの駅しか記載がなく、 三陸鉄道が国鉄盛線だった頃から存在すると思われる。


気仙沼線の終点である気仙沼駅。大きな駅に停車するごとに駅のコンビニは乗客で賑わう。


本来運転停車のみのはずの陸前豊里駅だが、トイレ故障のため臨時停車。


終点の仙台は数日後に七夕を控え、駅にも装飾がなされていた。

■ 仙台19:19発〜東京21:36着 やまびこ222号

 仙台からは、さすがに新幹線に乗らないと今日中に家にたどり着かないので、 東京まで新幹線で先を急ぐ。 とはいえ、何の芸もなく切符を買うのも何なので、「トクだ値」で20%引きになる便を選んで乗ることにした。 東京まで全駅に停車する「こだま」のような便なので遅いが、20%引きになるのは大きい。
 列車に乗ると、さっそく仙台で購入した駅弁を食べる。 「女将のおもてなし弁当 宮城松島編」である。 カキなどの海産物を中心としたおかずが豊富で、やはり仙台の駅弁はレベルが高いなと思った。
 駅弁を食べつつぼんやりと座っていると、先程のリアスシーライナーで見かけた面々を何人か見つけた。 わざわざこの便にのっているあたり、「トクだ値」利用なのだろう。 やっぱり似たようなことを考えている人はいるんだな、と思ってしまった。


仙台で購入した「女将のおもてなし弁当 宮城松島編」。