最終更新日:2021/9/20

近くにも旅はある(第4回)―西武「ラビュー、S-TRAIN」と京王「Mt.TAKAO」

 2021年夏、相変わらずのコロナ騒動が続き、盆休みもほとんど身動きが取れないまま悶々と過ごさざるを得なかった。 そんな夏が終わろうとしていた8月末から9月にかけて、感染状況がやや下火になってきた上、 私自身も2回目のワクチン接種を終えたことから、せめてもということで近場の気になる列車に乗りに出かけた。
 この所、関東私鉄では通勤時間帯を中心に有料のライナーを走らせるのがちょっとしたブームになっている。 それまでは、小田急・西武・東武・京成といった会社の有料特急を通勤ライナー的に利用できるぐらいだったのが、 特急型車両を持たない東急や京王・東武東上線、さらには地下鉄線内にまで有料ライナーが進出してきている。 そんな中、土休日に元町中華街〜西武秩父間を走るS-TRAINは実に4社を直通し、 神奈川の海沿いから埼玉の山深くまでを走破するユニークな列車だ。 一方、有料特急も西武「ラビュー」や小田急「GSE」など個性的な列車が続々と登場している。 そこで、これまで乗ったことのない「S-TRAIN」「ラビュー」「Mt.TAKAO」の3列車に乗りに出かけた。

 なお、「安全安心な旅」を実現するため、コロナ感染対策を徹底し、高い緊張感をもって旅に臨んだ。 具体的には2回のワクチン接種に加え、マスクの着用や定期的な手指消毒、 列車内での会話の自粛(一人旅なので当たり前)といった感染対策を行いつつ、 空いていることが見込まれる日時や列車を厳選した上で行程を組んだ。

目次

2021/8/29

横浜7:09発〜所沢8:17着 S-TRAIN1号

 日曜日の朝7時、まだ人の少ない東横線の横浜駅へとやってきた。 しばらく待つと、西武40000系を使用したS-TRAINが入線してきた。 西武40000系は片側4扉のごくごく普通の通勤型車両ではあるが、 扉間のロングシートをクロスシートに転換することができ(ただし、車端部はロングシートのまま)、 S-TRAINはクロスシートの状態で運転される。
 ドアは1車両1つの扉のみが開くようになっており、開いているドアを見つけて車内に入る。 余談だが、同じ東急の大井町線「Qシート」では、各駅で4つの扉全てが開いてしまい、 普通車両と勘違いして乗ろうとする客を警備員さんが走り回って必死で止める、という光景が繰り返されていたので、 この方式は合理的だなと思った。(大井町線の方も今は1扉のみが開くよう改善されたらしい)
 指定された席に座り、横浜を発車。同じ車内の客はたった3人しかいない。 そもそもコロナ禍による外出自粛の影響が最も大きいのだろうが、都心に出かけるには時間帯が早すぎるのと、 やはり東横線に乗り入れるS-TRAINが土休日のみ5本しかなく、知名度が低いのも原因ではなかろうか。 加えて、ネット予約は西武のシステムからしか行えず、 東急沿線の各駅では券売機でないと指定席券が買えないというのも若干不便だ。 (そういう私は西武のネット予約システムで購入したのだが) コロナ禍前も相当乗車率は低かったらしいので、今後どうやって集客していくかが課題になりそうだ。
 さて、横浜を出た列車は地上に出て、東横線内を快調に飛ばしていく。 ただし、途中の菊名・武蔵小杉ではなぜか運転停車する。 運行システムの都合で、特急停車駅は通過できない仕組みになっているのだろうか? シートの方は、リクライニングこそできないものの足元は広くそこそこ快適だ。 列車全体で一か所だけながらトイレもついていて、長距離の乗車でも安心できる。
 それにしても、ライナー使用時に開かない3つのドアの周辺が完全なデッドスペースになってしまっているのが気になった。 新快速や阪急京都線特急のように収納式の補助席を置いておくのがよさそうだが、それだとロングシート時に乗り降りの妨げになってしまう。 であれば、京阪5000系のように天井に収納式の座席を仕込んでおき、ライナーで使用する際はそれを降ろす、という案はどうだろうか、などと考える。
 東横線内唯一の停車駅である自由が丘での乗車はなく、代官山から地下に潜って渋谷に着く。 ホームには朝早いながらも案外人がいるが、それでもこの列車への乗車はない。 渋谷からは地下鉄副都心線に入るが、引き続き順調に飛ばして新宿三丁目へ。 ここで同じ車両の2人の客が降り、ついに貸切状態になってしまった。 他の車両を見まわしたところ乗客は多くて2〜3人ほどで、西武線内も終始この状態であった。
 新宿三丁目を出て、引き続き地下鉄線内を快走して池袋へ。 池袋は地下鉄線内の他駅と違い、降車のみ可能で乗車はできないというルールがある。 普通は西武池袋駅から特急「ちちぶ」や「むさし」に乗るはずなので、そもそもここからS-TRAINに乗る人はいないだろうが。 池袋を出ると次の停車駅は石神井公園だが、小竹向原では乗務員交代のため、練馬では信号装置の切り替えのため (そういう車内放送があった)運転停車する。小竹向原から先の西武線に乗るのは10数年ぶりだったのだが、 西武イエローを纏った鋼製車が随分減った印象を受けた。 新宿線では結構見かける気がするので、そちらに回されているのだろうか?
 高架化されて見違えるようになった(といっても、高架化されたのはもう10年近く前だが)石神井公園駅を過ぎ、 保谷・清瀬といった東横線内で行先表示としては見かけるものの、なかなか来る機会のない駅を過ぎ、所沢に到着した。


横浜駅に滑り込んできた「S-TRAIN」。土休日5本のみの貴重な存在。


車内の全景。ライナーとしては不要な吊革な目立つ。


西武の通勤車両によくみられるブルーのシートモケットが目立つ。リクライニングはしないもののそこそこ座り心地はよい。


車端部は席数の関係上座席の転換はできず、ロングシートのまま。


机はさすがに無いものの、ドリンクホルダーとコンセントを備える。


冬場は足元のヒーターがかなり熱くなるためか、シートの裏側には注意書きが。


橋上駅に改修された所沢に到着。ここから乗車する客もわずかながらいた。

所沢8:22発〜池袋8:44着 ちちぶ70号

 所沢駅に来るのも久しぶりだが、しばらく来ないうちに立派な橋上駅となっていて驚いた。 改札周辺にも多数の店舗ができていたが、ゆっくり眺める間もなく折り返しの列車で所沢に戻る。
 やってきたのは、西武の新型特急「ラビュー」である。 電車を専門としない社員を設計チームに加えて開発を行ったそうで、 大きな側面窓とパソコンのような銀色の車体、巨大な曲面ガラスを使った流線形の前面などが特徴で、 登場時には大いに話題になった。乗りたいとは思っていたのだが、コロナの影響もあって延び延びになっており、 ようやく乗りに来ることができた。
 乗り込む前に先頭部を見てみる。この時小雨が降っていたのだが、曲線の前面ガラスに合わせた独特の形状のワイパーが動いていた。 これも今までの車両にはなく、この車両に合わせて特注したという話をどこかで聞いたことがある。
 先頭車に乗り込むと先客は一人だけで、乗客2人で池袋まで向かうことになった。 早速、自慢の車内を観察してみる。シートは今はやりの家具のような、全面布張りの丸みを帯びたもので、 確かに鉄道車両という先入観を打ち破るものだと感じる。 床面もふわっとしたカーペットが全面に敷かれており、まだ新しいこともあって快適である。 とはいえ、立派な設備を維持していくのは大変なもの。 今後10年、20年と使用していくうちに、レモンイエローの明るいシートが汚れ、 ふんわりしたカーペットが硬くなっていくのをどう防ぎ、あるいは取り替えていくのかが気になった。
 この日は先頭車の運転台の後ろの一番左の席を取っていたのだが、運転台に遮られあまり景色はよくない。 池袋行きの場合、右から2番目の席の前は非常用通路となっているので遮るものがなく、一番展望は良さそうだ。
 列車は今来た線路を戻り、石神井公園からは複々線を走る。 小田急の複々線と景色がそっくりだが、あちらは外側が緩行線、こちらは内側が緩行線という違いがある。 桜台を過ぎて地上区間に降りると、一転して昔ながらの住宅街をかすめるように進む。 この景色も小田急の参宮橋あたりに似ている。
 山手線の線路をまたいで池袋駅に進入する手前、線路上に西武本社のビルが張り出している下をくぐる。 これも以前は見られなかった光景だ。池袋駅では一般ホームより少し奥まったところにある特急専用ホームに到着。 乗ってきた列車は15分ほど停車した後、飯能行きとなるのだが、やはり乗客は少ないようだ。


池袋駅に到着した「ラビュー」。


ラビューの車内。イエロー系のカラートンと、曲線的な造形が目立つ。


座席は座布団部分以外、ひじ掛けから枕まで黄色に統一されている。


座席をリクライニングさせた様子。背もたれからひじ掛けまでが一体となって動くのが特徴。


座席の下にはコンセント口が2個と、小さめの丸い折畳みテーブルが。


テーブルの裏面には、東海道新幹線などと同じく編成内の設備の案内が印刷されている。


池袋に到着した「ラビュー」。折り返し飯能行きの「むさし」となる。


改めて側面を見ると、やはり窓の大きさが目立つ。

池袋〜新宿

新宿9:20発〜町田9:49着 はこね55号

 池袋からJRで新宿へ移動し、小田急線の乗り場へ向かう。 ここまで西武の有料列車に乗ってきたので、最後に比較のため小田急ロマンスカーに乗ってみることにした。 やってきたのは30000系EXEαである。展望席、ハイデッカー、二階建て車両など、個性的なギミックを備えていた歴代のロマンスカーと比べ、 EXEはどちらかというと通勤ライナーとしての輸送力確保に重点が置かれ、特別な装備のない地味な車両である。 そのためファンからの受けは今一つのようだが、VSE以降のロマンスカーがデザイン重視のためか薄くて固めのシートを備えているのに対し、 EXEのシートは一昔前の厚ぼったいクッションを備えており、個人的には安心感を覚える。 さらにEXEαとなってリニューアルが施され最新車並みの洗練された内装となり、快適性が増した。 それにしても、塗装が銀色に変わったせいで、787系「ハイパーサルーン」と瓜二つになった気がするのは私だけか。
 清掃が終わって、車内に乗り込む。10号車の最後尾の席を取ったのだが、乗客は5人ほどしかおらず、後方には誰もいない。 車掌さんとマンツーマン状態で何だか気まずい。 それにしても、夏休みの日曜朝の箱根湯本行きがこの空きっぷりとは、どうしたことだろうか。(コロナの感染防止という観点では望ましいが…) 暗闇から浮上する兆しの見えない日本の交通業界や観光産業の先行きを思うと、暗澹たる気持ちになった。
 新宿を出た列車はそこそこ順調に走り、29分で町田に到着。 小田急線は代々木上原〜登戸間の複々線が完成したものの相変わらず過密ダイヤで(特に登戸〜新百合ヶ丘間)、 特急でも町田から新宿まで35分ほどもかかる列車が多いので、それに比べれば比較的速かった。


新宿で発車を待つEXEα。


EXEαは一昔前の特急車にみられた厚ぼったいシートを備える。モケットは青色系のものに更新された。


車内の全景。VSE以降の車両と共通した木目調の内装に改められた。

2021/9/11

新宿9:00発〜高尾山口9:49着 Mt.TAKAO83号

 2週間後の土曜日の朝、ふたたび新宿駅へとやってきた。 今日は、京王が土日に走らせている臨時列車「Mt.TAKAO号」に乗る。 Mt.TAKAO号は、平日の朝夕に走る座席指定列車「京王ライナー」の土日版で、2018年から運転されているらしい。 中でも、朝に運転される下り列車は、新宿を出ると終点の高尾山口までノンストップという大胆な運転形態をとる。 (上り列車は主要駅に停車)ただし、S-TRAINと違いトイレはついてないので要注意。
 改札を通ってホームに降りると、既に京王5000系を使用したMt.TAKAO号が入線していた。 先頭部の写真を撮ったりしていると、隣のホームに京王八王子行きの準特急が入線していた。 こちらも新宿からなら余裕で座れる程度の混雑で、早くもMt.TAKAO号の存在価値に少し疑問を感じた。 準特急はわずか2分ほどの停車で慌ただしく折り返していった。東急などと同じく、京王は結構タイトな折り返しが多い。
 改めて、Mt.TAKAO号の外観を眺める。行先表示は「臨時」とだけ書かれた素っ気ないもので、 もうちょっとアピールしてもいいのにと思った。側面のドアは、4つのうち連結面寄りの2扉のみが開いていた。 ネット予約しておいた座席に座ると、案の定乗客は少なく、同じ車両の客は1人しかいない。 座席はS-TRAINとほぼ同じ設計だが、こちらの方が茶系統のグラデーションでやや高級感がある。 また、座席を回転させるためのレバーが座席の両側面に付いており、これを2つ同時に引っ張ると座席を回転させられる。 (S-TRAINは一般的な特急型車両と同じく、足踏み式のペダルがついていた記憶がある) もっとも、コロナ禍なので座席の回転はNGかもしれない。ドリンクホルダーとコンセントが付いているのはS-TRAINと同じだ。
 列車は9時ちょうどに新宿駅を発車。右に90度カーブして、しばらく地下トンネルを進む。 駅が京王新線に移転したため、使われずに真っ暗なまま放置されている初台駅ホームなどを眺めていると地上に駆け上がり、笹塚を通過。 しばらく地上を走って明大前に到着。この駅は通過のはずだが、何故だか運転停車してすぐに発車する。 駅のすぐ近くに踏切がある影響だろうか?
 その後はしばらく地上を進むが、京王では現在笹塚〜仙川間(既に高架になっている八幡山を除く)を高架化するという一大プロジェクトが進められており、 既に沿線の半分ぐらいは用地が確保されているようだった。 また、桜上水駅の留置線の一部は雑草が生えており、使われていない様子だったのも工事の影響だろうか。 その他、八幡山駅の南寄りには高架橋がしばらく続いている(現在は留置線となっている)のだが、これも将来は本線として使うのだろうか。 京王線に乗るのは本当に久しぶり(調布駅の地下化の直後に乗って以来か?)だったので色々気になった。
 列車はやがて地下に入り、調布に近づくと、駅手前でいったん停車してしまった。 どうやら前を走る準特急がつかえているらしい。しばらく待って、発車。調布の駅は停車することなくあっさりと通過した。 再び地上に出てしばらく住宅地を走り、東府中を通過。競馬場線が分岐する駅なのだが、駅周辺では太い道路と複数平面交差する。 ここも府中駅と合わせて高架化できなかったのだろうか、と思う。 やがて高架に上がり、その府中駅に到着。 ここでも運転停止するのだが、「○番線から臨時列車が発車します(発車ベル)」というような放送が流れるのを待って発車した。 これは府中より先の京王ライナー停車駅で全て共通で、ノンストップを謳ってはいるものの運行システム上はあくまで普通の京王ライナーとして走っているようだ。
 ホームの狭苦しい分倍河原を出て多摩川を渡り、聖蹟桜ヶ丘、高幡不動と過ぎるとだんだん景色が鄙びてきて、街の向こうには多摩の丘陵が見えてくるようになってきた。 高架駅の北野を過ぎ、おそらく10数年ぶりの高尾線に入る。丘陵地帯を縫うように進むのだが、 沿線はかなり開発が進んでいて、大きなショッピングモールも見られた。何となく雰囲気が田園都市線の末端部(長津田〜中央林間)に似てるな、と思う。 大きなカーブを描きながらJRと合流し、高尾駅に到着。高尾山に向かう観光客が何人か待っているが、もちろんここでもドアは開かず、 すぐに発車する。高尾を過ぎると線路は単線となり、山沿いをゆっくり進むと高尾山口駅に着いた。
 列車の感想だが、空いていて快適ではあったものの、やはり新宿からなら簡単に準特急の座席が確保できるので、 一般の人には410円をわざわざ払うメリットはあまり感じられないかもしれない。 車両面でもラビューやロマンスカーのような純粋な特急型ではなく、あくまで通勤電車に毛の生えたようなものなので、訴求力としてはやや弱い。 もう少し集客をするためには、笹塚や明大前、調布あたりに停めてみて途中駅からの需要を狙うか、都営新宿線に直通して東京東部からの需要を狙ってみるか、 あるいは車内でイベントでもやって集客するか。 途中、府中から先の運転停車が若干煩わしかったので、それをやめてスピード勝負に賭けるのもありかも知れない。


新宿駅で発車を待つ「Mt.TAKAO」。新宿発は土休日に不定期で2本運転される。


側面の表示は「臨時」とそっけない。


シートモケットは茶色系で高級感がある。シートの位置に窓の桟を合わせるという細かい工夫もされている。


ひじ掛けの内側にもモケットが貼られている。頭を載せるマクラの部分は柔らかめで、本物の特急列車のよう。


シート左右のオレンジ色のレバーで座席を転換可能。


車内の様子。シート、照明ともに暖色系で統一されている。天井に設置されたLCDは「KEIO」ロゴ表示のままだった。


終点・高尾山口に到着したMt.TAKAO号。折り返しは回送となる。

高尾山口9:58発〜高尾10:01着

高尾10:04発〜八王子10:10着

 高尾山口ではいったん下車して改札に向かう。 これまでさんざん乗客が少ない少ないと書いてきたが、それでも全車両の乗客を寄せ集めると30人ほどにはなったようだ。 明らかに列車に乗るのが目当てと思われる客もいるが、普通に高尾山に登ろうというハイカーの方が多数派だ。 駅を出ると、駅前には山登りを始めようとする人が結構いた。 この日は比較的涼しかったので、コロナ禍で無ければもっと人でごった返していたのかもしれない。 私も久々にロープウェイに乗って高尾山に登りたくなったが、この後の予定もあるのでとんぼ返りする。
 「Mt.TAKAO号」は折り返し回送になるようなので、帰りは8000系の普通列車で高尾に向かい、中央線に乗り換えて八王子に戻った。


高尾山口の駅名標は、おそらく京王で唯一となる木目調のデザイン。


高尾山口駅の改札前。大きな木製の屋根で覆われているほか、レストランも入居する。


JR高尾駅名物の天狗の石像。かなり大きく、並行する京王線からもよく目立つ。