帰省帰りに乗りつぶし

 いよいよJR全線完乗が見えてきた2004年であるが、実家から程近い北近畿にまだ未乗線区が残っている。 わざわざ東京から乗りつぶしのためだけに遠征するほどの量でもないので、実家への帰省に絡めて乗りに行くのに限る。 そんな訳で、2004年のゴールデンウィーク、実家から東京に戻る途中に乗車しに行くことにした。
 この時は普通乗車券で乗りに行くことにしたのだが、宝塚から福知山、東舞鶴、敦賀を通って東京方面まで行くという 複雑な乗車券を買ったにもかかわらず、大阪駅の窓口の駅員さんは嫌がることなく至極丁寧に発券してくれた。

目次

2004/5/2

■ 宝塚11:35発〜三田11:52着 1153C 201(7)

 JRの宝塚駅は、巨大な阪急の高架駅に比べて地味で、駅舎も小さい。まだ非電化だった頃から変わらぬ姿をとどめている。 駅舎の片隅では、宝塚名物の炭酸せんべいを売っている。 今ではすっかり住宅地化した宝塚だが、以前は温泉のある観光地だった。
 そんな宝塚から、新三田行き各駅停車に乗る。車両は中央線や神戸・京都線でおなじみの201系だ。 宝塚を出た電車は、山また山をトンネルで駆け抜けていく。すっかり山岳路線の様相で、こんな所を 201系が走り抜けていくのは違和感がある。三田に到着し、下車。

■ 三田12:02発〜篠山口12:28着 2723M 221(4)

 三田からは丹波路快速に乗る。JR西日本では、221・223系使用の快速に「〜路快速」と命名するのが定番となっている。 この丹波路快速もその一環だ。電車はそんなに混んでいないので、座る。
 電留線のある新三田を過ぎると、周囲の風景は急速にひなびてくる。丹波山地の合間の狭い平地に田んぼと農家、といった 風景が続く。JR宝塚線の電化・増発がなされたのが比較的遅かったせいか、大阪からさほど遠くないにもかかわらず 宅地化はあまり進んでいない。三田から30分ほどで篠山口に到着。福知山方面にはここで乗換えとなる。

■ 篠山口12:31発〜福知山13:27着 2541M 113(2)

 篠山口で待っていたのは、2両編成の113系3800番台だった。この車両はもともと3両編成だった113系800番台を 2両編成に短縮したもので、その時に改造された運転台はのっぺりとした旧型国電のような形状となっている。 そのままでは強度が保てないため、前面に黄色い鉄板をぶら下げて補強している点がまた妙だ。 車両自体が古く、あまり長く使うつもりがないためこのような簡易改造となったようだが、 その独特な外見から鉄道ファンにはよく知られた車両となっている。
 車内に入ると、座席は古いままのボックスシートだ。篠山口を発車すると周囲の平野が消え、 篠山川沿いの崖を電車は進む。いよいよ丹波山地越えといった車窓になる。 駅の間隔も長く、走っても走ってもなかなか次の駅に着かない。 加古川線と分岐する谷川をすぎると、列車は右へと120度近くもカーブする。 本線クラスの路線にこれほど大きなカーブは珍しい。
 カーブを抜けると、再び山の中を走り、トンネルを抜けて柏原に到着。この柏原という駅名は近畿地方にいくつかあり、 しかも読み方が「かしわら」だったり「かしわばら」だったりするが、ここは「かいばら」と読む。 木製の大きな駅舎が立派だ。柏原を出ると、あとは山を縫うようにうねうねと曲がりながら福知山へと下っていく。 途中駅からは、街に出かける若者が割と多く乗ってきた。篠山口から一時間で福知山に到着。 福知山駅は高架工事が行われており、仮囲いがあちこちに見える。


妙な前面デザインで知られる113系3800番台。黄色の補強板が特徴。

■ 福知山13:44発〜東舞鶴14:27着 335M 113(2)

 福知山からはいよいよ、未乗線区の一つである舞鶴線に乗り入れる列車に乗る。 今度の列車もワンマン対応の2両編成に改造された115系に乗る。ただし、こちらの車両は先頭部が103系のような高運転台に 改造され、見た目は割とまともだ。
 福知山駅を出て、山陰本線を京都方向に3駅走り、綾部に到着。ここからいよいよ舞鶴線に入る。 綾部を出て、梅垣あたりを過ぎると列車は無人の山の中を走り始める。車窓には鬱蒼とした林が続く。 これで本当に港町の舞鶴に出られるのかと思う。京都・兵庫の日本海側はリアス式海岸のようになっており、 海岸ぎりぎりまで山地が続いている。そのため、盆地の福知山から舞鶴を目指そうとするとこのような車窓になるようだ。
 列車はようやく市街地に出て、西舞鶴駅に到着。駅構内は昔ながらの風情が残っており、線路のバラストなどは まっ茶色に変色している。西舞鶴を出ると、列車はまた森の中に入る。途中にはトンネルまで現れた。 次の東舞鶴との間にこんな山越えがあるとは驚いた。 駅名だけを見ると、間には市街地が広がっているのかと思っていたのだが。
 列車はやがて、終点の東舞鶴に到着。こちらは西舞鶴駅とは対照的に真新しい高架駅だ。


こちらも切妻の改造運転台だが、幌も備え割と手が込んだ改造がなされている。

■ 東舞鶴14:29発〜敦賀16:34着 937M 125(1)

 東舞鶴ではわずか2分の連絡で小浜線の敦賀行きに乗り換える。 この東舞鶴駅はわずか2線しかホームがなく、しかも片方は折り返しの特急電車に占領されていることから、 小浜線の電車と舞鶴線の電車が一本のホームに縦列駐車する形で停車している。
 これから乗る小浜線は、最近になって電化された路線だ。ただしJRが自ら進んで電化した訳ではなく、 沿線の原発関連の補助金を使って電化が行われた。そのため電化路線でありながら需要はあまり多くなく、 125系という新型の単行電車が行き来している。
 125系は223系をベースにしているようで、新快速と同じ転換クロスシートを備えている。 乗客もあまり多くないまま東舞鶴を発車。すると列車はまた山の中を走り出した。 やはりリアス式海岸だけあって地形が険しく、素直に海岸沿いを走るという訳には行かないようだ。
 若狭高浜あたりまで来ると、ちらちらとではあるが海が見えてくる。ただし、大島半島の付け根である 若狭和田のあたりからは海が湾になっておりことから、海のすぐ向こうに陸地が見える。 電化はされても線路の規格は変わっていないようで、スピードはあまり出ない。 やがて、沿線の中心都市である小浜に到着。この日は、特急「まいづる」の小浜延長運転が行われており、 特急型の183系が構内に留置されていた。電化されると、このような柔軟の運転も可能になる。
 小浜を出ると、海から離れて田んぼの中を進み始める。近江今津からここまで線路が延びてくる構想があるという 上中を過ぎても、まだまだ山の中を進む。三方五湖で知られる三方を過ぎ、原子力発電所があることで知られる 美浜に到着。ただし、美浜原発は小浜線からはかなり離れている。割と立派な駅舎で、乗降客も多い。
 美浜を出ると、終点の敦賀はもうすぐだ。敦賀のひとつ前の西敦賀を出て少し走ると、 右側の山肌にわずかに線路が見えた。一瞬何かと思ったが、これは北陸線の大阪方面行きのループ線で、 通称鳩原ループと呼ばれている。その場所を過ぎると程なく北陸線が合流してきて、 終点の敦賀に到着。北陸本線も電化されているが、小浜線と違って交流電化なのでこの125系は乗り入れられない。 デッドセクションなどの施設もなく、両線を直通する列車もない。交流電化の北陸線が 構内を大きく陣取る中、小浜線の電車は駅の隅のほうにちょこんと停車した。


小浜線は新型車両125系で運行される。

■ 敦賀16:47発〜米原17:20着 12M しらさぎ12号 683(8)

 敦賀からはいよいよ近畿地方最後の未乗線区である北陸本線の米原〜敦賀間に乗車する。 特急も走っている本線、しかも大阪から程近い路線が残っているとは意外だが、大阪から北陸に行こうとすると 必然的に湖西線回りになるし、東京からだとほくほく線や信越本線経由という選択肢もある。 この区間は、名古屋にでも住んでいないと案外乗る機会が少ないのかもしれない。
 さて、敦賀からは特急「しらさぎ」に乗る。ついこの間までは国鉄色の485系で運行されていたが、 近年683系に車両が置き換えられた。真新しい白い車体に乗り込み、敦賀を発車。 発車してしばらくすると、先程見た鳩原ループに差し掛かる。山の下の方を見ると、先程通った小浜線の線路が見えた。 北陸と近江を分ける山脈をトンネルで抜けると、湖西線と北陸線の線路が複雑な形状で分岐する。 近江塩津で完全に湖西線と別れ、余呉湖の北を通り抜け、木之本を通過。 ここからは湖岸の平野をまっすぐ進む。
 交直セクションを通過(電気が消えないので気付かなかったが)し、長浜に停車。 引き続き近江路を走り、米原に到着。北陸本線を全線乗りつぶした。 これで近畿地方の未乗線区がなくなり、残すは中国地方の数線と九州新幹線、そして越美北線となった。

JR線乗りつぶし状況

新規乗車キロ数

路線名乗車区間キロ数
舞鶴線綾部〜東舞鶴26.4
小浜線東舞鶴〜敦賀84.3
北陸本線米原〜近江塩津31.4
合計142.1

累積乗車キロ数

 総キロ数走破キロ数走破率総路線数走破路線数路線走破率
旅行前19860.919113.496.24%17116294.74%
旅行後19860.919255.596.95%17116596.49%