近畿再発見の旅(その1)

 2008年の夏休み、恒例の帰省で大阪へ向かった。例年だとお盆休みは帰省の他に旅行に出かけるのが常だが、 今年は諸々の事情により旅行は無しということになった。この数年は頻繁に九州や北海道に出かけ、鉄道旅行の行き先が 尽きてきたというのもある。
 そこで今回は実家を拠点として、近畿各地の鉄道に乗りに行くことにした。私は長らく大阪の北部に住んでおり、 京都や神戸あたりまでは通学などで行く機会が多かったが、大阪の南の方や奈良、和歌山には行く機会が少なく、 その方面の鉄道も乗車経験が少ない。JR線を一通り乗りつぶしたぐらいで、私鉄に関しては空白地帯といっていい。
 そこで今回は、近畿地方の私鉄のほとんどが乗り放題となる「スルッとKANSAI 3dayチケット」を利用して 私鉄線を乗り回すことにした。

目次

2008/8/12

■ 新宿23:50発〜京都7:41着 中央ドリーム京都1号

 夜の新宿駅新南口は、若者でごった返していた。新南口のバスターミナルからはこの時間、夜行バスが 続々と発車している。客層を見てみると帰省、もしくはサークルの合宿に出かける若者が目立つ。 若者向けの安価な交通手段として定着しているようだ。
 乗り場の中は人でごった返していて入る気も起きないので、しばらく外で待つ。 11時40分になったところで中に入ると、40分発のバスの改札はまだ始まっていなかった。 しばらくするとようやく改札が始まった。帰省シーズンとあって中央ドリーム大阪号は3台、金沢行きは2台続行となかなか賑やかだ。 キャンセル待ちの人を詰め込み、50分をやや過ぎて発車。 さらに待って、ようやく中央ドリーム京都1号の改札が始まった。早速乗り込むと、指定された席は後ろが階段で座席を自由に倒せ、 しかも隣の席は空席(これは偶然だが)という最上の席だった。
 結局0時を5分ほど過ぎてようやく発車。のっけから15分遅れである。甲州街道に出て、程なく首都高新宿線に乗る。 途中笹塚あたりで京王の車両を見つつ、西へ。高井戸を過ぎて中央道に入り、しばらく走ると屋根をパラパラと叩く音がする。 何だろうと思うと、外は視界が悪くなるほどの豪雨である。事故らないかとやや心配になったが、幸いすぐに落ち着いた。
 八王子を過ぎ、談合坂SAを過ぎたあたりで眠くなってきたので、寝る。途中境川PAで休憩があり、食べ物などを買ってきた客もいたようだが、 眠かったので外には出なかった。

 翌朝、「おはよう放送」で目を覚ました。慌ててカーテンを開けると、もうバスは五条坂(山科から京都市街へ抜ける峠)まで来ていた。 もうそんな所まで来ていたのか・・・。この日の眠りは深く、途中全然目を覚まさなかった。 時計を見ると、まだ7時前である。このバスの早着は半端ではなく、15分発車が遅れたというのに30分も早く着きそうだ。 知人が多く住んでいる関係で見慣れた京都の町を懐かしい思いで眺める。
 バスは五条通、堀川通と進み、7時10分に京都駅に着いた。


長旅を終え、京都駅ビルの前で乗客を降ろす中央ドリーム京都号。

■ 京都7:40発〜橿原神宮前8:36着 京橿特急

 いずれにせよ、京都に早く着いたのは幸いだった。当初、8時過ぎの近鉄特急に乗るつもりだったのだが、 早着のおかげで7時40分の列車に間に合いそうだ。通勤ラッシュで人の多い駅構内を歩き回りつつ弁当を調達し、 近鉄の窓口でフリー切符と特急券を買って、何とか間に合わせることができた。
 乗車した橿原神宮前行き特急は、ビスタカー4連+普通の車両2連での運転であった。 指定された席はビスタカーの2階部分の席だった。ビスタカーに初めて乗車したのは小学生の頃だが、 その頃と比べると車内・車外ともにリニューアルされ若干見た目が変わっている。今や関東だと2階建て車両が沢山走っているので それほど目新しくはないが、やはり視線が高いぶん車窓が楽しめる。そんな車窓に酔いしれつつ弁当でも食べようかと 包みを開けると、丹波橋に停車した。
 丹波橋では女子高校生の団体が乗ってきた。3号車がどうのこうのと言っているので、「ここは2号車ですよ。3号車は前の方です。」 と声をかけると、「あの、あそこに3号車って書いてあるんですが・・・」。穴があったら入りたいとはこのことを言うんだな、 と思いつつ、そそくさと席を立った。
 気分を取り直して正しい席に座り、改めて車窓を眺める。列車は宇治川・木津川と大きな川を2度越える。 特に宇治川の橋は、陸軍の命令で橋桁のない構造となっているそうだ。列車は今日と郊外の住宅地を南下し、 新田辺を通過。留置線に入る京都市地下鉄の車両を通過する。新田辺を出るとちょっとした切り通しのようなところを抜け、 JR学研都市線と併走する。向こうは電化されているが単線で、編成も4連と短く近鉄に比べると劣勢である。 途中の三山木は近鉄・JR共に高架化されているが、駅前には何もなく寂しげだ。
 さらに併走し続けた後、JRの線路の上をまたぐとまもなく大和西大寺に到着する。ホームは大阪方面に向かう通勤客で 混雑していた。西大寺を出ると、薬師寺の横を通り抜けつつ真っすぐに南下していく。 郡山を過ぎると風景はひなびてきて、田畑が目立ってきた。途中、ファミリー公園前という駅があり、 駅前に大きなプールがあった。営業時間になると子供で賑わうのだろう。田んぼの目立つ奈良盆地を南下し、大和八木に到着。 駅に着く手前で、右に線路が分岐していった。大阪線に通じる短絡線だ。
 八木では大阪線特急との接続のためしばらく停車したあと、発車。大和八木駅と同じ営業キロとみなされるという変わった駅、 八木西口を通過し、橿原神宮前に到着した。


私にとって近鉄特急といえば、ビスタカー。伊勢志摩ライナーやアーバンライナーなど、 後輩の新型車両が出た今でも独特の存在感を誇る。

■ 橿原神宮前8:46発〜吉野9:26着 吉野特急

 橿原神宮前は橿原線と南大阪・吉野線が交わる駅だが、前者は標準軌、後者は狭軌のため相互に直通することはできない。 そのため京都から吉野へ行こうとすると必ず乗換えが必要だが、特急料金は通算される。
 しばらく待って、阿部野橋発の吉野行き特急を迎える。編成は短く、2連である。それでも車内はがらがらで、乗客は20人いるかどうか といったところだ。吉野は桜の名所として有名だが、それ以外目立った観光地がないため夏休みといえどもこの程度の乗車率のようだ。
 橿原神宮前を出て、車窓には山が目立ち始める。このあたりは飛鳥の古墳がたくさんある土地だが、車窓はごく平凡である。 「3dayチケット」の有効範囲の南端となる壺阪山を過ぎ、JR和歌山線と合流すると吉野口に着く。駅名標が近鉄の駅の分も JR仕様となっているのが面白い。ホームに人の気配はなく、降りる人もいない。
 吉野口を出ると、しばらくJRと併走する。その途中の薬水は、駅前に民家もなく寂しい駅だ。 次の福神は一見駅前に何もないが、山の上に近鉄の開発したニュータウンがありその影響で特急停車駅となっている。 さらに山の中を進むと、吉野川という川沿いに出た。下市口、大和上市と停車する。このあたりは川沿いに割と土地が開け、 険しい山という感じはしない。吉野線は南海高野線ぐらい険しい山を進むのかと思っていたが、そうでもないようだ。
 列車は吉野川を長い鉄橋で渡り、最後の停車駅である吉野神宮に停車。ここまでにほとんどの乗客は下車してしまい、 車内の客はわずかしかいない。途中の大和上市あたりから清掃員が乗り込んできて、客のいない席を転換している。 最後の坂を駆け上がり、終点の吉野に到着。
 吉野は周囲を山に囲まれた駅で、ホームに降り立つと山の香りが心地よい。昨日の夜まで東京にいたのが信じられないぐらいだ。


ホームに降り立つと山の香りが漂う吉野駅。駅前にはわずかな土産物屋があるだけだが、 観光地の玄関口らしくその駅舎は大きく立派だ。橿原神宮前駅と同じく、大きな屋根が特徴的。

■ 吉野9:38発〜阿部野橋11:12着 近鉄急行

 吉野に到着したはいいが、特にすることもない。目の前に吉野山に登るケーブルカーがあるのだが、これは 「3dayチケット」では乗れないしどうでもいいやと思い、大阪方面に戻ることにした。 吉野までは特急に乗ってきたので、今度は料金不要の急行に乗車してみる。
 急行は4両編成だった。がらがらの先頭車に座り、発車。最初のうちは空いていたのだが、途中の駅から少しずつ客が乗ってきた。 途中、福神で特急と行き違いのためしばらく停車した。外の空気を吸おうと車外に出てみると、 日差しが焼け付くように熱い。今日も暑くなりそうだ。
 大分席が埋まったところで、橿原神宮前に到着。ここから乗ってくる人も多かった。この先、南大阪線内は初の乗車となる。 これまで単線の線路をのんびりと走っていた列車は、ここから急に速度を上げる。急行の名にふさわしく、 どんどん駅を通過しながら進む。橿原神宮前から先の停車駅はたったの3つである。
 田んぼが目立つ車窓を見やりつつ高田市、尺土と停車。乗ってくる人は多く、 立つ人が増えてきて車窓を見るのが厳しくなってきた。 しばらく走ると奈良盆地と 大阪平野を分ける葛城山地越えとなる。時々うつらうつらしながら車窓を見ていると、無人の山の中を高速で通過していく。 ロングシートの通勤電車の車窓とは思えない。
 右に大きくカーブしつつ、 最後の停車駅である古市に停車。ここで河内長野からの準急と接続する。準急も停車駅はそれほど多くないので、 阿部野橋までの所要時間は5分と変わらない筈なのだが、乗客はこぞってがらがらの準急から混んでいる急行へとやってくる。 せっかちな大阪人気質の表れか。目の前に乳児を背負った女性が立ったので、座っていても景色も見にくいし席を譲ろうかとすると 「座ると子供が泣くので」とのこと。仕方ないので座り続けることにする。
 列車はしばらくすると、大きく左にカーブしつつ道明寺を通過する。この線形には歴史的経緯があるのだが、 その件については後ほど触れる。さらに進むと、藤井寺の駅を通過する。駅の近くには以前一度だけ来たことのある 藤井寺球場の跡地があるのだが、すでに球場は跡形もなく、学校の建設が行われていた。 近鉄球団も消え、ここが野球の街であった記憶も薄れつつある。
 しばらくすると線路は高架に上がり、高い高架橋で阪和線をオーバークロスする。程なく、阿部野橋に到着した。


阿部野橋駅のホームは頭端式で、終着駅の雰囲気が漂う。乗ってきた急行は 割に新しい車両だった。

■ 天王寺〜難波 大阪市営地下鉄

 阿部野橋というと、関西以外の人にとってはどこだか分からないということも多いと思うが、JR天王寺駅と道路を挟んで すぐの所にあり、実質的には同じ駅である。大阪駅と梅田駅の関係と同じと言えるだろうか。
 天王寺からは地下鉄御堂筋線で難波に向かう。大阪の地下鉄はやたらと高く、ちょっと乗っただけで200円以上取られてしまう。 そんな地下鉄も乗り放題というのはありがたい。

■ 難波12:00発〜河内長野12:27着 南海電鉄急行

 南海難波駅に行き、高野線の急行に乗る。別に南海の乗りつぶしに移行したという訳ではなく、 長野線の終点である河内長野に行くためである。高野線は以前高野山に行った時に乗車したのだが、 その時はこのあたりを夜間に通過したので、風景を見るのは初めてだ。
 難波を発車し、新今宮・天下茶屋と停車すると急行運転となる。堺東に停車し、泉北高速線の分岐する 中百舌鳥をあっさり通過し、北野田へ。ここまではごく普通のまっ平らな住宅地だが、北野田からはやや勾配が出てきた。 車庫のある千代田からは横に山が見えるようになってきた。金剛山系に差し掛かったのだろう。 千代田の次の河内長野で下車する。


戦時中は同じ会社であった南海と近鉄。両社の車両がこうやって肩を並べるのは ここ河内長野でのみ見られる光景。

■ 河内長野12:32発〜道明寺12:58着 近鉄準急

 河内長野からは近鉄長野線に乗車する。長野線内の電車はほぼ全て南大阪線に直通し、南大阪線内は準急となる。 河内長野を発車し、横に山を見ながら進む。線路は単線で、途中の滝谷不動で交換をする。
 この長野線は今でこそ目立たない支線区だが、大私鉄である近鉄でも最も古い歴史を誇る区間である。 河内長野から古市、道明寺を経て柏原までの路線は河南鉄道として明治時代に早くも開業している。 奈良線や大阪線が開業したのは大正に入ってからのことなので、それよりも早く開業していたことになる。 その後道明寺からは阿部野橋方面、古市からは橿原方面に線路が延び、今の南大阪線が出来上がった。 南大阪線が道明寺や古市で大きくカーブしているのはその影響である。
 富田林からは複線となり、古市に到着。橿原神宮前からの急行と接続した後、発車。一駅で道明寺に着く。

■ 道明寺13:05発〜近鉄柏原13:09着 近鉄

 道明寺はとても静かな住宅街にある駅だ。 道明寺からはJR大和路線の柏原に向けて道明寺線が延びている。今では20分おきにしか電車の来ない目立たない線区だが、 前述したとおり元は関西本線と富田林方面を結ぶ重要な路線だった。
 列車はわずか2連のワンマン運転である。列車に乗ると意外にも客が多く座っていたが、下りの列車が来ると 皆ぞろぞろと下車していった。暑いので待合室代わりに利用していたようだ。
 道明寺を出ると、列車は川の土手沿いをしばらく走った後、鉄橋で川を渡る。渡ってすぐの所に柏原南口駅がある。 これが屋根も改札機もない粗末な駅で、大都市近郊の駅とは思えないムードであった。そんな駅だが、一応駅員がいた。 ちなみにこの駅は大阪線の安堂駅に近く、何かと不便なこちらの駅を使う人は多くないのであろう。
 やがて大和路線と合流し、柏原に到着。JRのホームの横にちょこんと停車した。間には仕切りなどはなく、 改札もJRのものを間借りしているようだ。そんな関係でか、道明寺線ではスルっとKANSAIが使えず、「3dayチケット」の 乗り放題の対象からも外れている。


道明寺駅の片隅の行き止まりホームに停まる柏原行き列車。車両は割に新しい。

■ 近鉄柏原13:12発〜道明寺13:16着 近鉄

■ 道明寺13:22発〜古市13:24着 近鉄準急

■ 古市13:38発〜尺土13:49着 近鉄急行

 柏原から道明寺に戻り、準急・急行を乗り継いで尺土に下った。今度の急行は時間が時間だけに空いていた。


途中の古市駅で撮影した、近鉄の駅時刻表。 「当駅仕立」っていう表現は近鉄でしか見たことがない。

■ 尺土13:57発〜近鉄御所14:05着 近鉄

 尺土からは御所線という支線が延びている。これに乗ろうと尺土まで来たが、8分ほど待ち時間がある。 外にいるとあまりに暑いので、待合室に入る。待合室は小さいながら冷房が効いており、多くの人が中で待っていた。 近鉄は比較的多くの駅に待合室が整備されており、この時期は有難い。
 入れ替えを終え、やってきた列車に乗る。今度も2両編成ワンマンでの運転だ。 ちなみに、南大阪線の古市より先の普通列車も2連ワンマンで運転されているようだ。
 尺土を出て右に90度カーブし、南下する。周囲は田んぼが目立つ。線路の横には複線化用地が一応確保されている。 単線の線路をコトコトと進み、あっという間に終点の御所に到着。 駅前には五条へ続く国道が走っており、駅のバス停には大和八木から十津川を通って新宮へ行く路線バスの時刻表もあった。 このバスも夏の旅行の一環で乗ってみようかと検討したが、終点が新宮と遠すぎるため断念した。 また、近くには和歌山線の御所駅もある。これに乗ってこの後の目的地である天理へ行こうかと思ったが、 時間が合わず断念した。

■ 近鉄御所14:09発〜尺土14:18着 近鉄

■ 尺土14:20発〜橿原神宮前14:27着 近鉄急行

 再び尺土へ戻り、急行で橿原神宮前に行く。これで南大阪線を含む近鉄の狭軌路線は全て乗車したことになる。

■ 橿原神宮前14:37発〜平端14:54着 近鉄急行

 橿原神宮前からは急行に乗る。急行にはL/Cカーと呼ばれるロングシートからクロスシートに座席を変換できる 車両が運用されていたが、車内はロングシートの状態になっていた。 急行に20分弱乗り、平端に到着。天理線の列車が出る専用ホームへ移動する。


橿原神宮前からの急行はL/Cカー。車体にロゴが張ってあるためすぐに分かる。

■ 平端15:08発〜天理15:14着 近鉄

 平端では天理線との接続が悪く、14分も待たされる。駅の外を眺めると、空き地が目立ち寂しい光景だ。 ようやくやってきた線内折り返しの普通列車に乗り込む。列車は3両編成であった。
 線路は支線でありながらも複線である。天理教の祭礼の時などは臨時列車が多く走るようなので、輸送力に余裕を持たせてあるのだろう。 列車は田んぼと住宅の混じった土地を進む。天理に近づいてくると、大きな和風旅館のような建物が現れてきた。 天理教の巡礼者が宿泊する詰所という施設だ。他にも天理大学のグラウンドや、天理○○と名前の付く会社など、 車窓は天理教一色だ。宗教都市・天理らしい独特の眺めといえる。
 やがて列車は天理に到着。ホームは3本もあり、かなりの長さがある。 駅の構内は屋根に覆われ薄暗いが、外に出てみると駅の上をJRが通る構造になっていることが分かった。 JRの高架下に改札やホームがあるようだ。

■ 天理15:18発〜平端15:24着 近鉄

■ 平端15:28発〜田原本15:37着 近鉄

 天理から平端に戻り、橿原線の普通列車に乗り換える。列車は遅れていた上、特急を待避したため結局発車は2分遅れた。 田原本では乗り換え時間が少ないので心配になる。
 田原本に到着し、急ぎ足で改札を出て駅前通りに向かうと、すぐ近くに西田原本の駅が見えた。 これならば1分もあれば着きそうだ。

■ 西田原本15:45発〜新王寺16:06着 近鉄

 これから乗る田原本線は、両端の駅が他の近鉄路線とは若干離れており、改札もつながっていない。 そのため、他線から乗り継ぐには必ず一度改札を出ないといけないという変わった線である。 その影響か、スルっとKANSAIにも対応していない。ただし、線路は田原本付近で橿原線とつながっている。 ここから橿原線の田原本に乗り入れて、離れ小島状態を解決すればいいのにと思うのだが。 この田原本線も、元は近鉄の線ではなく関西本線の王寺と桜井を結ぶ鉄道であった。その後の近鉄の路線拡張の波に 飲み込まれる形で併合され、今に至っている。
 切符を買って3連のワンマン列車に乗り込む。支線らしく速度はゆっくりとしたものだ。車窓には、とにかく田んぼが目立つ。 それでも最後の方は地形にやや起伏が出てきて、住宅が目立ってきた。大和路線の線路を乗り越した後、新王寺駅に到着。


田原本線の車両は割に古い車両だった。3両編成。

■ 王寺16:21発〜生駒16:46着 近鉄

 新王寺駅と生駒線の王寺駅は、JR王寺駅の駅前広場を挟んだ位置にあり、徒歩で1分ほどである。 生駒線の列車は行ったばかりだったので、しばらく待ってから発車する。
 生駒線の車窓は、先程の田原本線と比べて山が迫っていて平地が少ないのだが、沿線の家々はむしろ多い気がする。 特に生駒に近づくにつれ、新興住宅街が目立ってくる。 途中の信貴山下は、かつて信貴山へ向かうケーブルカーが分岐していた駅だ。大阪側からもケーブルがあり、 さすがに需要が少ないためか廃止されてしまった。しばらく住宅街を走り、元山上口からはトンネルで山を越える。 このトンネルは複線の線路が引ける幅を持っており、将来の複線化に備えているようだ。
 トンネルを出ると、いかにもニュータウンといった真新しい駅である東山に到着。 外には大きな病院が建っているのが見える。ここから線路は複線となる。が、次の萩の台から再び単線、 その次の南生駒からはまた複線と、めまぐるしく変わる。沿線にはますます住宅が増えてきた。 このあたりは近鉄が開発した住宅街なのだろう。やがて左に大きくカーブし、終点の生駒に到着。


生駒線の列車は4両編成。支線にしては長く、沿線の住宅街からの利用が多いことを伺わせる。

■ 鳥居前17:00発〜宝山寺17:05着 近鉄

 生駒からは生駒山に登るケーブルカーに乗車する。鋼索線を一般路線と同じく乗りつぶしの対象とするかは 微妙なところではあるが、「3dayチケット」で乗車できるため今回は乗車することにした。
 ケーブルカーは生駒駅からやや離れた鳥居前という駅から出ている。改札を出て駅ビルの中をしばらく歩くと、 ケーブル乗り場に着く。見てみると、いかにも遊園地の遊戯施設といった、動物をかたどったいでたちの車両が止まっている。 男一人で乗車したり、ましてや写真を撮るのははばかられるものがある。もう夕刻近いが、これから山上に行く観光客も 多く、車内はほぼ満席になった。宝山寺までは2本のケーブルが併走しており、混雑時などは2本同時に運行されるようだが、 この日は一本しか使っていなかった。
 鳥居前を出て、ケーブルカーはゆっくりと登っていく。一番驚いたのは、沿線に多数住宅があることだ。 上まで行っても住宅は途切れず、相当な傾斜地にびっしりと家が建っている。
 他に珍しい点は、踏切があることだろうか。ケーブルカーなので線路の横にケーブルが流れており、子供などが 巻き込まれると危ない。そのため、警告を促すため路面が黄色に塗られていたり、看板が立っていたりする。 中には車が通過できるほど幅の広い踏切もあり、驚かされた。


珍しいケーブルカーの踏み切り。ケーブルが車両の動きと合わせて 流れるので、子供が手足を巻き込まれると危なそうだ。

■ 宝山寺17:09発〜生駒山上17:16着 近鉄

 宝山寺で、生駒山上行きのケーブルカーに乗り換える。今度の車体は古めかしいものであった。 宝山寺を出ると、車両はいきなりトンネルに入る。トンネルを抜けたところで、梅屋敷に停車。 ケーブルカーの途中駅は珍しく、ここの他には箱根の強羅から出ているケーブルカーにしかないのではないだろうか。 標高は既にかなりのもので、生駒市街がはるか下に見えるが、こんな駅の横にも住宅があり驚かされる。 住人がいるかどうかは定かではないが、まさに「天空に住まう」といった感覚ではないだろうか。
 さらに登ると、霞ヶ丘駅がある。この駅は周囲に本当に何もなく、登山道が通じているのみである。 さらに登って、生駒山上に到着。駅前には遊園地が広がっており、ほとんどの乗客はそちらに向かった。 遊園地は入園料不要のようで、中を自由に歩きまわれるようだが、一人で遊園地に行こうという気は当然せず、 高台から生駒の町を眺める以外にすることがなくなってしまった。だが、宝山寺から生駒山上までの区間は運転本数が少なく、 降りるには30分も待たねばならない。仕方なく乗ってきたケーブルカーに再度乗り込む。


これが山上線の車両。ショートケーキのような外見をしている。 恥ずかしいので人のいない間にこっそり撮影。

■ 生駒山上17:49発〜宝山寺17:56着 近鉄

■ 宝山寺18:00発〜鳥居前18:05着 近鉄

車内でしばらく待ち、ようやく発車となる。宝山寺で再び乗り換え、鳥居前まで戻った。

■ 生駒18:10発〜学研奈良登美ヶ丘18:20着 近鉄

 生駒には生駒線、奈良線の他にけいはんな線が乗り入れている。以前は東大阪線と言われ、 生駒を出て大阪市営地下鉄中央線に直通する路線だったが、生駒から東に路線を伸ばし京阪奈学研都市に乗り入れるようになった。 東大阪線の時代に乗車したことはあるが、新規開業区間にはまだ乗車していない。
 生駒駅のけいはんな線乗り場は他線と改札が分離され、乗り換えるためには中間改札を通らねばならない。 路線網の巨大な近鉄には無人駅も多いため、阪急線を介して阪神・山陽電鉄と改札なしに直通している地下鉄との間に ゲートを設けることで、キセルなどの不正乗車を防ごうという意図だろうか。
 しばらく待つと、ステンレスに緑色の帯を巻いた地下鉄車両がやってきた。 生駒で下車する人が多く、ラッシュ時だというのに簡単に座ることができた。ホームにはドアの安全を確認するための 赤外線センサが付いている。いつの間にか、ワンマン運転を実施しているんだろうか。
 列車は生駒を出ると、しばらく奈良線と併走する。東生駒駅の近くで左にカーブする。このあたりには車両基地も設けられている。 車両基地は東大阪線の時代からあって、奈良線の車窓から見えた。まもなくして、トンネルに入る。 このトンネルはかなり長く、関西近郊の通勤線とは思えないほどだ。それに、トンネルを通過するスピードはかなりのものだ。 けいはんな線は地下鉄と同じ第三軌条という集電方式で、この方式だと本来あまりスピードが出せないはずだが、 確か特別認可をもらってスピードを出せるようにしたと聞いた気がする。
 トンネルを抜け、ようやく最初の駅である白庭台に着く。生駒からやたら遠かった割に、その次の学研北生駒までは近いようで、 前方にもうホームが見えていた。学研北生駒を出るとまたトンネルとなる。新たに設けられた電留線の横を通り過ぎ、 学研奈良登美ヶ丘駅に到着。
 できたばかりということで、当然駅は真新しい。最近できたばかりの割に開発は随分進行していて、 立派な商業施設や住宅が駅前にひしめいていた。


けいはんな線の車両は、他の近鉄線の車両とは似ても似つかぬ外見。 車体規格も集電方式も違うので当然なのかもしれないが。手前には安全確保用のセンサが付く柵がある。

■ 学研奈良登美ヶ丘18:26発〜生駒18:36着 近鉄

■ 生駒18:40発〜難波19:03着 近鉄快速急行

 生駒に戻り、奈良線の快速急行に乗り換える。 車両はシリーズ21と呼ばれる割と新しいものだった。聞いた話だと、この車両が来年には阪神に乗り入れるらしい。 生駒を出て、長い長い生駒トンネルを抜けると、石切を通過する。このあたりからは大阪平野が一望でき、 その眺めは見事だった。毎日こんな景色を見て通勤できる人がうらやましい・・・って、見慣れればどうということはないのだろうが。
 先程の南大阪線の急行もそうだが、近鉄の優等列車は 豪快に途中駅を通過する。この快速急行もそうで、生駒を出ると次は鶴橋まで止まらない。 ラッシュ時とあって何回か徐行する場面もあったが、あっという間に鶴橋に付いた。そのまま引き続き乗車し、 難波に到着。今日の行程はここで終了である。

2008/8/14

 この日は、地元の阪急電鉄に乗車した。
 阪急では近年、9000系・9300系という新型車両を導入した。だが、タイミングが悪く今まで乗車できずじまいだった。 このままではまずい、ということで一念発起して乗りに出かけることにした。
 まずは梅田に出ると、折りしも1号線に9300系が停車していた。9300系は2008年8月時点で4編成存在し、 特急に重点的に運用されているので見つけるのは比較的容易だ。というわけで、試しに淡路まで乗車してみることにした。乗車した 感想としては、

といったところであった。
 また、特急に6300系が入る機会が随分減っているな、と感じた。1年前ぐらいは20分に1本は6300系が来ていたはずなのに。 既に一部の編成が休車もしくは廃車になったとは聞いていたが、ここまで減ってしまうと寂しい。

 続いて、宝塚線に実に約15年ぶり(増結車を除く)に投入された新車である9000系に乗る。 こちらはロングシートの車両だが、感想としては、

と感じた。いずれにせよ、神戸・宝塚線の新星として末永く活躍してもらいたい、そして早く増備してもらいたいところである。


梅田駅に進入する6300系。梅田駅ホームの先端部はやってくる列車が低速なので、 しょぼいデジカメ+しょぼい撮影技術でもそれなりの写真が撮れる。


宝塚線の新星・9000系。川西能勢口にて。